30章 姉の想い
少し長めです
中村さんは、家でも考え事をしていた。
「何を考えているんですか?」
「……内緒だよ」
すごく気になったが、あまり深く探らないことにした。
「……この間、陸斗くんと話をしたんです」
「そうだったの?」
「はい」
「楽しかった?」
「とっても楽しかったです」
考え事をしているせいか、いつもよりも言葉が少ない。
しばらく間があいて、中村さんの方から話しかけてきた。その時には考え事は終わっていたのか、いつも通りの中村さんに戻っていた。
「うちはね、陸斗にはいろんなものを見てほしいんだ。うちは、目が見えないから。空を見ることも、住んでいるこの街を見ることも叶わないから。一度だけこの目が見えるようにならないか、この力を使って試したことがあるけど、治らなかったんだ。自分の風邪とか怪我とかは治せるのに。だからね、目で見ることは、もう諦めてる。陸斗には、うちの分までいろんなものを見てほしいんだ」
「そうなんですか」
「うん。手で触れたものは見えるって前に言ったことがあると思うけど、じつは、目で見えるんじゃないの。頭の中にイメージが浮かぶんだよ。それが、私の手で触れたものであればね。だから、空やこの町の風景を見ることはできない」
私が目を閉じて何かを思い浮かべると、頭の中にそのもののイメージがぼんやりと浮かぶ。そんな感じで中村さんは物を見ることができるのだろうか。
「でも、陸斗はうちみたいな力を持ってない。陸斗はそのことをどう思っているのかな、と思ったことなら何度もある。私にとってそれを探るのは簡単なことだけど、したことはない。勝手に心を探られるのは嫌だろうし、うちだって勝手に探られたくないもん」
確かにそうだ。
「1番羨ましかったのは……そうだね、うちが1番羨ましく思っていたのは、さっちゃんかもしれない。少しだけの力があって、目もちゃんと見えて。病弱だけど、いつも笑ってて、幸せそうだったから」
「そうだったんですね」
「……なんか自分の周りに霊感ある人が多いなって思ったことない?」
「……正直、思ったことはあります」
「気配だけ感じられる人のほとんどはね……うちの影響を受けてそうなっているんだよ。うちの霊感が……あまりにも強いから。あとは……千尋のことは、分かるよね?」
「はい」
「あの子はうちの幼馴染なんだけど……あの子にはもともと、霊感なんてなかった」
「えっ?」
「うちと過ごしているうちに、少しずつ霊感を持つようになったんだ。それで、うちらが中学生になった頃、千尋に霊が見えるようになったって言われたんだ」
「……そんな、ことって」
「……起こるんだよね。だから、こんなに強い霊感や力はなくても良かったと思う時がある。それこそ……さっちゃんぐらいの力でよかったの。陸斗みたいに、力がなくてもよかったって思うことがある」
「……」
「でも、お母さんと同じぐらいに強い力があってよかったって思うこともある。こんなに強い力でも、決められた死期が近づいた人……さっちゃんが一昨年に亡くなってしまったのとか、生まれつきの障がい……うちが目が見えないのとかね、そういうのはどうすることもできない。でも、たまたま目の前で事故にあった人がいたら……それも、決まった死期に近づいてない人だったらだけど、助けることができるし、咲希みたいな魂だとか近くにいる妖怪だとか、そういう人やものと話せるのは楽しいし。……だからね、咲希」
「はい」
「やっぱりうちは恵まれているんだと思うの。いや、みんな同じように恵まれているんだよ、きっと。うちも、さっちゃんも、陸斗も」
姉弟でたどり着く結論は同じなんだな、と思った。それだけ2人は似ているということだろうか。
「あ、思い出した。咲希にお願いがあって」
「はい」
その時、急に中村さんは指を鳴らした。すると、一枚の紙が現れた。そこには何かが書いてある。
「これは、うちからさっちゃんへの手紙。いつか、咲希はもう一度さっちゃんに会うと思うの。だからその時、これを渡してほしいの」
中村さんはそう言って、その紙を折りたたんで私の左手に握らせた。すると、その紙は空気に溶けるように消えてしまった。
「さっちゃんに会ったら、左手に息を吹きかけてね。そうしたら手紙が現れるから、その手紙を渡してほしいの。分かった?」
「はい、分かりました」
私は迷うことなく答えた。
「ありがとう、咲希」
「いえ、大したことしてませんから」
私がそういうと、中村さんは笑った。
「今思うとさ、さっきまでうち、めちゃくちゃな話し方してたね。分かりづらかったでしょ?」
「いえ、大丈夫ですよ」
「本当に?なら良かった」
中村さんはまたしても笑った。私もつられて笑った。
私は眠りについた。
明日も今まで続いてきた日常が続くと信じて。
 




