29章 2度目の覗き見
少しだけ長めです
部活の時間になった。
今日はパート練習の日。私は楽器を出して、吹いていた。今だけはお守りを持っている。
こんなことをしていても何も思い出せないのは分かっていた。だけど、こうしているとなんだか懐かしく、落ち着いた。だからそうしていた。
何かを思い出すきっかけとなるのは、小さな出来事かもしれない。
繰り返しこうやっていたら、いつか何かを思い出すかもしれない。
いや、正確には、何か思い出せると信じたい。
「咲希、そういえばこの間、全部のパート部屋を見に行った?」
突然そう声をかけてきたのは、野上さんだった。
「あ、二階は全て見ました」
「じゃあ、一階はまだなんだね。行ってみたら?」
「はい、そうしてみます」
一階にあるのは5部屋。全て一年生の教室で、1〜5組まであるらしい。5組はトランペット、4組はトロンボーン、3組はホルン、2組はフルート、1組はダブルリードだと言われた。
私は1番近い階段を降り、5組から見てみることにした。
5組には、4人の人がいた。そのうち2人が2年生、残り2人が1年生で、1年生のうちの1人だけが男の子だ。
その男の子が、首を傾げた。そして、2年生の人に向かって言った。
「郁美先輩……やっぱり、誰かいません?ここ最近、誰かが近くにいるような気がしているんですけど……?」
「うん……そうだね。誰だろうね?」
本当にこの部活は霊感のある人が多いなぁ、と、半ば呆れて思った。
私はそのまま4組へ行った。
そこには5人の人がいた。そのうちの1人は中野さんだ。中野さんがこちらを向いた。
「ああ、どうしたの?何かあった?」
「あ、いえ……何か思い出せるかと思って、見て回っているだけです」
「そっか」
そのまま中野さんは練習に戻ろうとした。
が、その時。
「……千尋……誰と話してるの?」
2年生の人がそういった。
中野さんは、しまった!というような顔をした。
私ははっとした。
もしかして……中野さん以外は霊感がないのかも……!
「……ああ、それはね……」
「千尋!明日の学指揮だけど……って、咲希じゃん!どうしたの?」
「ちょっとあっこ!それ言っちゃいけないやつ!」
突然現れた中村さんが、うっかり私の存在をバラしてしまったようだった。が、中村さんは動揺しない。
「あ、そっか。みんなは霊感がないんだっけ。ねぇ、お守りを持ってみてよ!」
えっ ⁉︎
びっくりしてしまった。
でも、わかっていた。
お守りを持つのには勇気がいるが、持った方が霊感がない4人に説明するのが簡単だということが。
お守りを持った。
「えっ……咲希 ⁉︎ 」
「記憶は失ってしまっているけど、事故の翌日から、ずっとここにいたんだよ」
「嘘……」
「……そうだったんだ……」
沈黙が広がった。
「あの……他のところにも行きたいので……」
「あ、そうだね。ごめん、ありがとね」
「いえ、それでは」
私はお守りをしまって、隣の部屋に行った。
そこには4人の人がいた。しかし、誰も私に気づく様子はなかった。霊感がないんだろう。そう納得して次の部屋へと行った。
そこには女の子と男の子が1人ずついた。
「あっこ先輩はどこに行ったんですか?」
「んー、千尋と明日の相談でもしに行ったんじゃない?」
女の子は1年生、男の子は2年生だ。
会話を聞いて、本来ならここに中村さんもいるのだろう、と思った。
男の人が、私の方を向いて、ぺこりと頭を下げた。そして、笑った。
見覚えがあるな、と思った。
そして、思い出した。
『みんなで咲希に、音を届けよう』
初日の合奏で、そう言っていた人だ。
私もぺこりと頭を下げ、隣の部屋へ行った。
髙橋さんがいる部屋だった。髙橋さん以外にも、2人の女の人がいる。女の人のうち1人は2年生、もう1人は1年生だ。
髙橋さんが私に向かって笑いかけてくださった。私も笑い返した。すると、1年生の女の子が、私を見てびっくりした表情になり、手を振ってくれた。私も驚いた。この子にも霊感があるということに気付いたからだ。私も、戸惑いつつも手を振り返した。
「もう直ぐミーティングだから行こうか」
髙橋さんが言った。
私は髙橋さん達について音楽室に戻り、ミーティングを聞いていた。楽器を片付けて、中村さんを待った。




