第20章 岸辺さん
学校に着いてからずっと、私は音楽室にいた。
私は昨日見つけた譜面をピアノで弾いていた。その曲は、とても壮大な曲だった。
キイッ……
突然、誰もこないと思っていた音楽室の扉が開いた。
誰?
振り返ると、そこには女の人がいた。
「あれ?咲希ちゃんじゃん!元気?授業には出なくていいの?」
「……あなたこそ、授業は……」
「ん?……待って……もしかして、咲希ちゃん……まさか、死んじゃったの?」
えっ……⁉︎
驚きながらも私は、うなづいた。
「……霊感が、あるんですか?」
「うん、まあね」
空気が少し気まずくなった。そんな空気を追い払いたくなって、
「あなたの名前は……なんですか?」
と聞いてみた。
女の人は少し驚いた様な顔をして、そしてすぐに笑顔になって言った。
「わたしは岸辺成美。高校3年生で、音大志望なんだ。だから、ここでトランペットの練習をしているの。元吹奏楽部で、学指揮をやっていたんだ。よろしくね」
「よろしくお願いします。昨日はいませんでしたよね」
「ああ、昨日はブランクが無かったから」
「ブランク……?」
「授業が入ってない時間のことだよ。いつもブランクの時間に練習してるんだ」
なるほど、と私は納得して、うなづいた。
「それ、なあに?」
と、楽譜を指されて聞かれたから、
「楽譜です。みますか?」
と答え、問いかけた。すると、
「うん。見たい!」
と言われたので、その楽譜を渡した。
「……この曲知ってるよ!えーっとね……あったあった!」
そう話しながら岸辺さんはスマホをいじっていた。そして次の瞬間、そのスマホからさっき私が弾いていた曲が流れ出した。
原曲って……ピアノだけじゃなくて、他の楽器も使われていたんだ!さっき私が弾いていた時に比べ、数倍は壮大さが増していた。
「それさ、コピーだよね?原本がピアノの上に置いてあったよ。あと……これも咲希ちゃんの物だよね?はい、他の曲もたくさん入ってるみたいだから、弾いてみたら?」
それは、本だった。たくさんの曲の楽譜が載っている。それには名前が書いてあった。
『内川咲希』と、私の名であろう名前が。
「ありがとうございます」
ぺらぺらとめくってみるとたくさん曲があったから、後で弾いてみようかなぁ、と思った。
やがて、岸辺さんが楽器を取り出して、吹き始めた。岸辺さんの吹くトランペットはとても華やかで、でも滑らかな音だった。
「とても綺麗な音ですね!」
「ありがとう。でもまだまだだよ。もっと上手くならなきゃね」
じゃないと音大に合格できないよ、と岸辺さんは笑った。
(私にはない未来……)
そんな言葉がふと、思い浮かんできた。
生と死の大きな違い。それは未来の有無なのだ……
岸辺さんの言葉に私は、そうなんですか、と笑って返したが、ぎこちない笑いになっていたであろうことは、分かっていた。
気づきたくなかった。でも、いつかは気づかなければならなかったのだ。
(私には、未来が無い)
その思いを振り払うようにピアノを弾き始めた。
でも、何故だろう。
その思いは消えなかった。




