表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/33

1章 事の始まり

 ——私は、どこにいるんだろう。


 ここは、少し広めの部屋だった。なにやら黒くて大きなものが置いてある。沢山の机や椅子が並んでいるこの場所には、何人かの人がいた。でも、何だか……引きつった雰囲気だ。みんな笑顔だけど、何かあると崩れてしまいそうだ。だからか、私が部屋に入って来たことに、ここにいることに、誰も気づかない。でも、それ以上に気になることがある。

 それは、この場にいる人がみんな私の知らない人ばかりなこと。そして、なぜ自分がここにいるのが分からないこと。

(あれ……?)

 一人で首を傾げていると、立て付けが悪いのか、軋んだ音を立てて扉が開く。そして入ってきたのは、セミロングの茶髪を持つ女の人。やはりと言うべきか、その人も私の知らない人だった。

「湧真おはよう! 楓ちゃんもおはよう! それから……」

 茶髪の人が垂れ目を細めて笑いながら、青いパーカーを着た男の人と黒髪ボブカットの女の人に話しかけたが、急に話すのをやめた。青パーカーの男の人は表情を凍りつかせ、黒髪ボブカットの女の人は悲しげな顔をしたからだ。それだけではない。部屋中の空気が気まずげな雰囲気に一変する。茶髪の人はハッとした表情をして、

「そうだ、そうだったね……ごめん、みんな」

 そう呟いた。

「——何か、あったのですか?」

 勇気を出してそう問いかけたが、なぜか全く気づかれない。何度話しかけても、結果は同じだった。

「なんで……」

 呟いた時、また扉が軋んだ音を立てる。そしてやってきたのは、灰色のパーカーを着て黒いズボンを履いた男の人だった。

「おはよう、凛」

「あ、湧真だ。おはよう。……えっ⁉︎」

 灰色パーカーの人は、私を見て、大声を出した。

 な、なんでよ。そんなに大声出すことないでしょ? ほら、あの青パーカーの人も首を傾げてる。

「どしたの?」

「いや……なんでもない」

 灰色パーカーの男の人はそう言って苦笑いすると、荷物を机に置きながら私に近づいてくるなり、

「こっちに来て」

 耳元でぼそりと言って、私の腕を掴むなり部屋の外に連れ出した。え、ちょっと、という抗議の声は無視される。

 部屋の外は、廊下だった。扉から数歩離れてから、唐突に灰色パーカーの人が立ち止まる。だから、突然何するんですか、と文句を言おうとしたけれど、その人が言葉を発する方が早かった。

「さきちゃん、さきちゃんだよね?」

「えっ?」

 ……さきって、誰?

 ……って言うか、この人は誰なの?

 こういう時は、私から名乗るべき?

 ……あれ?

 私の名前……なんだっけ?

「どうして、ここに?」

 灰色パーカーの人が問うのが聞こえたけど、そんなの、私が知りたい。そう思ったけれど、頭の中が混乱していて言葉が出てこない。ようやく絞り出せたのは、

「……あなたは、一体……誰なんですか」

 これだけだった。

「えっ⁉︎」

 何故かこの質問に、この人の方が驚いたようだ。一重の垂れ目を丸くして、呟くように尋ねてくる。

「お、俺のこと……分かんないの?」

「分かるわけないじゃないですか、初対面なのに」

 何を当たり前のことを言っているのだろう。

 私が呆れていると、灰色パーカーの人は少し考え込み、そして、ゆっくりと話し出した。

「——ごめんね、急に。びっくりしたよね。僕は、髙橋(たかはし)(りん)。高校二年生だよ」

 たかはし、りん……さん?

「吹奏楽部の部長なんだ。ファゴットを吹いているよ。背高のっぽの楽器でね、このぐらいあるんだ」

 このぐらい、と言いながら彼は手で高さを指し示す。そんなことされても、楽器の姿は分からないのに——。

「君の名前は……」

 ……キイッ。

「凛、何時だと思ってんの? ミーティング! 全くもう、何してんの?」

「あー、ごめん千尋。今行く!」

 あの部屋の扉が開いたかと思うと、大柄な女の人(多分、千尋さんと言うのだろう)に呼ばれた髙橋さん。返事を返してから、私に手を差し伸べてきた。

「さきちゃん、おいで。ミーティングだよ」

 見ず知らずの人が私のことを『さきちゃん』と呼び、ミーティングというものに出るように促している。

 普通なら、怪しむべきことなのかもしれない。

 でも、その声はとても優しくて、聞いたことがない声なのに、聞き覚えのある、なぜか懐かしいもののような気さえしていた。

 だからだろうか。

 私は、髙橋さんと一緒に部屋に入った。

2019/11/07 1:53 改稿

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ