10章 私の不在
合奏をして行く中で、気付いた。
中野さんは、私のことも普通にさす。
「ここの所、えっとね……ファゴット、バスクラ、バリサク、弦バス、チューバお願いします」
「はい!」
でも、誰も不思議に思っていないようだ。私が吹いていても、誰も首を傾げない。
……それが、日常なのだ。
私がここにいて、ここでバリサクを吹いている……。
それが、あまりにも当たり前すぎるから、バリサクの音がしても、バリサクが指名されても、誰も不思議に思わないのだ。
そう。
私がここにいるはずがないと、分かっていても、それが、日常だから……。
ふと、日常なんて、あたりまえなんて、この世の中には無いのかもしれない、と思った。
そんなことを考えながらやっていたからか、それともあまりにも合奏が楽しかったのか、あっという間に時間が過ぎていく。
曲を2曲ほどやった後、指揮者が交代した。
今度は、中村さんだった。休憩を挟み、曲に入った。
中村さんも中野さんと同じように、私のことを普通に指名した。そして、誰もそのことを不思議に思わなかったようだ。それが逆に不思議なような気もしないではない。思わず、周りを見回してしまったぐらいだ。
そして、その時に気付いた。
私は、いつの間にか笑顔になっていたことに。周りの人たちも笑顔だったことに。
学指揮合奏って、こんなに楽しいものなんだと思った。忘れてしまったけど、感覚は覚えている気がする。学指揮合奏が大好きで、すごく楽しくて……。この雰囲気も覚えているような気がする。
とても、懐かしい。
時間はあっという間に過ぎ、終わりの時を迎えた。
中村さんは指揮台を降りた。
「気をつけ、礼」
髙橋さんが言って、私たちは礼をする。
「ありがとうございました!」
とても楽しいひと時だったなぁ、と思った。
なんとなく部屋の外に出た。
近くの階段の踊り場に、春花さんがいた。
私はそちらの方に歩み寄り、お守りを持った。春花さんは、笑顔で言う。
「楽器はうちが片付けておくから」
「あ、ありがとうございます」
楽器を渡す。私はお守りをしまう。
そして、音楽室に戻った。ちょうど終わりのミーティングをしているところだった。
そのうちミーティングも終わり、たくさんの人が打楽器(合奏中、学指揮のお2人はそう言った。パーカッション、ともいうらしい)を部屋の外や音楽室の中の小部屋に運び込み、あの黒くて大きなものを動かし、部屋の外から机を運び込んできた。
そのせわしない動きを見ていた、その時。
ふと、あることに気付いた。
部活が終わった後の居場所がない。
このままここに残らなければならないのか。それともどこかを彷徨うことになるのか……。
急に心細くなった、その時。
「咲希、どこにいるの?」
中村さんが私を呼んだ……ような気がした。
私は中村さんのところまで行き、はい、と言った。
「そこにいるのは、咲希だよね?」
「はい、そうです」
中村さんの声は、不思議なことに、私にしか聞こえていないようだ。
「あぁ、よかった。もしも行く場所が無いなら、うちの家においで!うちの家の人は、みんな霊感を持ってるしね。みんな、咲希のことを暖かく迎えてくれると思うよ」
「……本当ですか⁉︎ 是非お願いします。今、どうしたらいいか途方に暮れていたんです」
……と言うことで、私は中村さんの家に滞在することになった。
楽器の略称が出てきたのでここに書いておきます
バスクラ……バスクラリネット
バリサク……バリトンサックス
弦バス……ストリングベース




