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9章 チューニング

前回よりも少し長いかもしれません……

中野さんが前に座っていた。そういえば、中野さんも学指揮だと中村さんが言っていた。

「B♭お願いします」

「はい!」

もとから声のトーンが低めだからか、口調の問題なのか、中野さんは緩そうな雰囲気を醸し出している。緩そうな、というよりかは、何となく柔らかい雰囲気を醸し出している。

中野さんの顔が、ふっと真面目な顔になった。いや、真面目な顔だけど、どこか楽しそうな顔をしている。

中野さんが指揮を振る。

私は事前にどの音を出せばいいか聞いていたので、指揮に合わせて音を出した。

それと同時にB♭の音があちこちから鳴る。

中野さんが音を切る。

少し首を傾げ、でもどこか笑顔で言う。

「んー、なんか今日は音が飛んでないから……もっとあっちに飛ばすイメージを持って吹いて下さい」

「はい!」

「もう一回お願いします」

再び中野さんは指揮を振る。

あちこちから音がなる。

中野さんが音を切る。

うーん、と少し唸ってから、言った。

「A群お願いします」

「はい!」

私の周りにいる人がいう。私も言った。

A群とは、低音を担当する楽器のこと。私もこの中に入ることも、すでに聞いていた。

9人で音を出す。

中野さんが音を切る仕草をした。

「バスクラお願いします」

そう言って私の左隣の人を手でさす中野さん。隣の人は機械の出す音に合わせて、B♭を吹く。その数十秒後、中野さんは、無言で私のことを手でさした。私はB♭を吹く。

「凛」

今度は髙橋さんのことをさした。

その次はその隣にいた、一年生の女の子。そして弦楽器を弾く二年生、一年生。私の後ろで大きな楽器を持っている男の子の二年生、一年生、女の子の二年生、と続いた。

中野さんは、音を切り、1、2、と腕を振り下ろした。私達は再び音を合わせた。

音を切る仕草。ぷつりと消えていく音。

「うーん、もう少し音量を出してあっちに飛ばしてください」

「はい!」

その後、B群、C群、D群、と続いた。

「全員でお願いします!」

「はい!」

もう一度、全員で吹く。しかし、すぐに止められてしまった。もう一度、吹く。でも、またすぐに止められる。

「うーん……なんだろう、なんか……」

「ごめんね、ちょっと割り込んでもいい?なんで今日はこんなに音が飛ばないの?うちの目の前で、ぼとぼと音が落ちてく……みんなしてなんかそんなに音が飛ばなくなるぐらいショックで悲しいことでもあったの?」

中村さんが割り込み、話し出す。

その途端、その場の空気が凍りついた。

しばらくして、私の右隣の人が声をあげた。

「……あっこはミーティングにいなかったじゃん!だから知らないんだよ!だから、だから……」

「待ってちりか、落ち着いて!……ミーティングで、何かあったの?」

……これって、もしかして……

いや、絶対……

「私の、事だ……」

思わず呟いたが、聞こえている人は僅かだろう。私は未だにお守りを持っていないのだ。

髙橋さんが言った。

「あっこ……。昨日、咲希が、人身事故に遭ったんだ。それで、咲希は……死んじゃったんだ」

「だからみんな、テンション下がってるの?」

中村さんが口を挟む。

「……」

みんな無言だった。

「……それならなおさら、みんなテンションあげて吹こうよ!ここから咲希のところまで、音を飛ばそう!咲希にうちらの演奏を届けようよ!」

「えっ?」

「きっと、咲希は聞いてくれるよ、うちらの演奏を。きっと、咲希はみんながいつも通り演奏した方が安心するはずだよ!」

みんな、半信半疑のようだった。

しばらくの沈黙。

「あのさ、」

その沈黙を破ったのは、男の人だった。二年生らしい。その人は、フルートよりもさらに小さい黒い楽器を持っていた。

「みんな、顕子が嘘をついたこと、ある?」

彼の目には、冷たく鋭い光が宿っているように見えた。その顔自体は微笑みを浮かべているのにも関わらず……。

みんな、首を振った。

「今の言葉だって、俺は嘘じゃ無いと思うけど。俺は、今の言葉は顕子の本音だと思う。だから……」

少し、男の人の目の光が柔らかくなった。

「みんなで咲希に、音を届けよう」

その言葉に、みんなは大きくうなづいた。

「もう一回B♭お願いします」

「はい!」

再び音を出す。

その次の瞬間、私は驚いた。

さっきとは違って、音が遠くへと飛んで行く。伸びて行く。どこからか別の音が響き出す……

音を切っても、響きはしばらく残っていた。

「えっと、今すごく響いて遠くに飛んでたし、倍音も綺麗に響いていたので、曲もこんな感じでお願いします」

「はい!」

注をいれておきます。

分からなかった言葉がある方はこちらや活動報告『「霧の思い出〜Requiem」について』を見てください。


B♭……ピアノで言うシ♭の音のことです。

A群……低音を担当する楽器のグループです。例を挙げるとバスクラリネット、バリトンサックス、ファゴット、コントラバス、チューバなどです。

B群……中低音を担当する楽器のグループです。例を挙げると、トロンボーン、ホルン、ユーフォニアム、テナーサックスなどです。

C群……中低音と高音の間の音域を担当する楽器のグループです。例を挙げるとアルトサックス、クラリネット、オーボエ、トランペットなどです。

D群……高音を担当する楽器のグループです。例を挙げると、フルート、ピッコロなどです。


補足)AからDまでのグループがありますが、学校や教本によってはこの楽器の分担とは違うことがあります。今回は作者の高校時代の分担を参考に書きました。

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