第1話
2017年の2月10日。
ここの所なかなか翻訳の仕事の依頼が多くて休みが取れなかった三浦由佳だが、やっと仕事が一段落して明日からの土日を休日に当てる事が出来そうだった。
翻訳家の仕事は基本的に土日祝日関係無い仕事であり、締め切りだってあれば無茶な量をこなしてくれと言って来るクライアントも居る。
だが、由佳だって人間だし言いたい事をすぐ口に出してしまう様なさっぱりとした性格の為、個人事業主の身分で出来る量には限界がある。
そう言う場合は知り合いの翻訳家に仕事を紹介するかすっぱり断る事で上手く帳尻を合わせて来た。
そんなこんなで、久し振りに自分の趣味の1つである武術のレッスンを受けに行く事が出来たのだが、その帰り道でさっぱりとした性格の由佳でさえ言いたい事に困る事件が幕を開ける事になった。
(うー……)
レッスンの帰り道、夕飯を買うべくコンビニに寄って買い物を済ませて愛車のマツダRXー8で家路につく。
まだまだ寒いこの季節。由佳の地元の埼玉県を含めた関東は冬の匂いが強い。
そんな日にはやっぱりおでんとばかりに、熱々の物を用意して貰って満足気で運転する。
そのRXー8のナビシートには由佳の知り合いが乗り合わせていた。
『済んだのか?』
「ええもうバッチリよ。ドラゴンはおでん食べるのかしら?」
『人間が食べられる物であれば、私達竜族も大体食べる事は出来るぞ』
2人……いや、ナビシートに座っている黄色の髪の毛に黄色の瞳、そして黄色を基調にしているこの男は実は人間では無いのだ。
この男は特殊な薬を使って、本来の姿から人間の姿に変わっているドラゴン。
このハイテクノロジーの時代にそんなファンタジーな生き物が存在する訳無い……と由佳でさえ思っているのだが、彼女は以前にヘルヴァナールと言う異世界に大勢の仲間達と行ってしまった事があり、そこでこのグラルバルトと言うドラゴンに出会ったのだ。
そして今度はグラルバルトの方が地球に来てしまい、由佳の師匠の元で人間の姿で武術師範のアシスタントをしている。
由佳はグラルバルトと一緒にその師匠の百瀬和美のレッスンを彼女が住んでいる横浜で一緒に受けた帰りで、そんな人間の姿に変化しているドラゴンをナビシートに乗せて埼玉の自宅へと首都高速を通って横浜から向かう。
だが、この首都高速に乗った事がこの2名のこれからの出来事に大きく関わって来る事になるとはどちらも予想だにしないのは当然だった。
横浜環状線から入り、そのまま横羽線を上り方面に走り抜けていた時の事。
由佳はおでんが冷めない内に帰ろうと思い、新たなバイパスの開通で完全なクローズドサーキットに生まれ変わった首都高速を270キロオーバーで駆け抜ける。
『ちょっとペースが速いんじゃないか?』
「平気平気! 伊達に15年以上走っていないのよ、この場所は!」
そう言いながら横羽線を駆け抜けるターボチューンの由佳のRXー8だが、大井辺りまで来るとトンネルがあるので若干スローダウン。
なかなか遅い時間帯だけに他の車は今までも余り見かけなかったのだが、このトンネルを抜けて再度アクセルを踏み込もうとした時に事件が起こる。
トンネルの出口はきつめの右コーナーになっているのでブレーキングしてシフトダウン。
そしてコーナー出口に向かって車の向きを変え、アクセルを踏んだその時……!
「まぶしっ!!」
『うお……!?』
トンネルの出口がまばゆく光り出し、由佳は思わずアクセルから足を離す。
ステアリングコントロールとアクセルワークでRXー8の姿勢を乱れさせない様にしたつもりが、次の瞬間由佳もグラルバルトもシートから身体が浮き上がる様な感覚を覚える。
「やっ、きゃああああああーーーーっ!?」
『うわあああああああーーーっ!?』
1人と1匹の絶叫がRXー8の車内に響き渡り、そのまま両者とも意識をブラックアウトさせて行った。
「……はっ!?」
そんなブラックアウトから目が覚めた由佳が飛び起きてみると、何処かの冷たいコンクリートの地面に横たわっていたのだと実感出来た。
そして横には自分の所有している大小の日本刀が落ちている。
しかし、今はそんな事よりももっと別の事を考えて思わず由佳は叫んでしまう。
「ど、何処なのよここはーっ!?」
今までRXー8で横羽線を駆け抜けていた筈だったのに、何故に自分達がこんな訳の分からない場所で倒れていたのだろうか?
事件に巻き込まれた?
事故で天国に行く途中?
それとも……と由佳の疑問は尽きる事が無さそうだった。
(とにかく、グラルバルトを探さなきゃ……)
自分の日本刀が何故一緒の場所に落ちているのかは分からないが、今は気にせずにズボンのベルトに挟み込んで固定。
それから一緒にRX-8に乗っていた筈のグラルバルトを探すべく辺りを見渡す由佳だったが、そんな彼女の耳にたたたっと軽い足音が聞こえて来た。
(……!?)
誰かが来ると瞬間的に悟った由佳は、一旦グラルバルトの事を忘れて近くの物陰に日本刀と共に身を潜めた。




