帝
天守の最上階。
空気が重い。
先ほどまで回転していた円環の文字列は、今はゆっくりと漂っている。
その中心に浮かんでいるのは――
ロバート。
だが、その身体は完全な人の形ではなかった。
粒子。
光。
そして無数の文字。
「……ロバート」
私の声はかすれていた。
雅峰が低く言う。
「所出井殿、あれは……」
私は答えられない。
帝が言った。
「彼はここだ」
その声は冷たい。
しかしどこか疲れている。
「彼はこの世界の“核”に接続されている」
私は帝を睨んだ。
「あなたがやったんですか」
帝は首を横に振る。
「違う」
「では誰が」
帝はゆっくり言った。
「彼自身だ」
空気が止まる。
「……は?」
帝は円環を見上げた。
「この世界は崩壊しかけた」
「崩壊?」
「均衡が崩れた」
私は理解できない。
雅峰が言う。
「何が言いたい」
帝は答える。
「この世界は元々、ただの国だった」
私は眉をひそめる。
「ただの国?」
帝は頷く。
「江戸」
その言葉に、雅峰が反応する。
「江戸だと」
帝は続ける。
「人の国だ。侍がいて、将軍がいて、農民がいる」
私は言う。
「それが普通の世界じゃないですか」
帝は静かに言った。
「だが、普通ではなかった」
そして帝は胸元の衣を開いた。
私は息を呑んだ。
皮膚の下。
そこに埋め込まれていたのは――
金属。
回路。
そして小さな黒い粒。
マイクロチップ。
雅峰が言う。
「……何だそれは」
私は答えた。
「機械です」
帝は言った。
「そうだ」
そして静かに続けた。
「この国は“管理された江戸”だ」
私は言葉を失う。
「管理?」
「文明を止めるための社会」
帝はゆっくり歩く。
「技術が進みすぎた世界は滅びる」
私は思わず言う。
「そんな話は」
「何度も起きた」
帝は言い切った。
「火薬、蒸気、電気、核」
天守の空気が震える。
「文明は進むほど自滅する」
私は言う。
「だから江戸?」
帝は頷く。
「そうだ」
「閉じた社会」
「低速の文明」
「安定した人口」
雅峰が怒る。
「では我らは何だ!」
帝は静かに言った。
「人類を守る仕組みだ」
沈黙。
風がない。
雅峰は拳を震わせる。
「我らの人生が……仕組みだと?」
帝は答えない。
代わりに言った。
「だが問題が起きた」
私はロバートを見る。
「彼ですか」
帝は頷く。
「彼は“層”を見た」
私は思い出す。
継ぎ目。
世界の歪み。
帝は続ける。
「江戸は完全な世界ではない」
「外側に“上位層”がある」
私は言う。
「現実」
帝は肯定した。
「そうだ」
雅峰が言う。
「つまり何だ」
帝は言った。
「この江戸は“保存された文明”だ」
私は呟く。
「文明保護区」
帝は驚いた。
「……理解が早い」
私は続ける。
「魔神は?」
「防御システム」
「石は?」
「制御装置」
私は震える。
「じゃあロバートは」
帝は答えた。
「研究者だ」
沈黙。
私は思い出す。
ニューヨーク。
研究所。
AI研究。
帝は続ける。
「彼はこの世界の設計に関わっていた」
私は言う。
「でも彼はここにいた」
帝は頷く。
「事故だ」
「事故?」
「お前が死にかけた」
心臓が止まりそうになる。
「ロバートはお前を助けるために、層を開いた」
私は理解した。
私は転移したのではない。
落ちたのだ。
文明保護区。
江戸層へ。
帝は言う。
「だがその瞬間、均衡が崩れた」
私は呟く。
「だから彼を封じた」
帝は答えた。
「世界を守るためだ」
そのとき。
ロバートの粒子が揺れた。
光が強くなる。
私は叫ぶ。
「ロバート!」
そして声が聞こえた。
「……悪いな」
ロバートだ。
彼は笑っている。
「全部、俺の責任だ」
私は言う。
「何を言ってる」
ロバートは言った。
「この江戸は完成してた」
帝が言う。
「そうだ」
ロバートは続ける。
「でもな」
「完璧な世界は進化しない」
私は息を呑む。
ロバートは言った。
「だからお前を落とした」
雅峰が叫ぶ。
「何だと!」
ロバートは笑う。
「外の世界の人間を入れる」
「そうすれば世界は変わる」
帝が怒鳴る。
「それは文明崩壊だ!」
ロバートは静かに言う。
「違う」
「進化だ」
円環の文字が加速する。
天守が震える。
帝が叫ぶ。
「止めろ!!」
しかしロバートは言う。
「もう止まらない」
そして私を見る。
「お前が鍵だからだ」
私は呟く。
「私?」
ロバートは言った。
「お前は“江戸に染まらない人間”だ」
文字が一斉に光る。
【AUTHOR ACCESS DETECTED】
帝の顔が青ざめた。
「……まずい」
私は理解した。
この世界は。
江戸は。
守るものではない。
変わるものだ。
ロバートが言う。
「さあ」
「文明を動かせ」
天守が光に包まれた。




