設計者
城門は、あっけないほど静かに開いた。
警備が薄い。
罠だ。
私はそう思いながらも、足を止めなかった。
「妙だな……」
雅峰が低く言う。
「ええ。止める気がない」
私たちは天守へと進む。
廊下には誰もいない。
灯りだけが規則正しく並んでいる。
規則正しく。
あまりに規則的すぎる。
私は壁に手を触れた。
冷たい。
だが、微かに脈動している。
……脈?
「所出井殿」
「分かってます」
これは建築物じゃない。
構造体だ。
最上階。
扉がひとりでに開いた。
そこに帝がいた。
背後に巨大な円環のような装置。
いや、装置というより――
心臓。
無数の文字列が円環を流れている。
命令文。
世界のコード。
「来たか」
帝は静かに言う。
私は直球で聞いた。
「ロバートはどこです」
帝は円環を見上げる。
「そこだ」
私は息を止めた。
円環の中心に、光がある。
その光の中に、人影。
ロバート。
眠っている。
しかし――
彼の身体は、粒子になっていた。
分解され、命令文の一部になっている。
「……なんだ、これは」
帝は言う。
「彼は“読んだ”」
「だから封じたと言いましたよね」
「違う」
帝の声は初めて、わずかに揺れた。
「彼は世界を書き換えた」
空気が凍る。
「……は?」
「お前が異世界へ転移した瞬間、この世界は一度、崩壊しかけた」
私は固まる。
「ロバートが、繋ぎ止めた」
「嘘だ」
「事実だ」
帝は振り返る。
その目は怒りでも冷酷でもない。
疲労だ。
「この世界は元々、別の世界だった」
私は理解が追いつかない。
帝は続ける。
「崩壊した現実を、誰かが修復した。その時、継ぎ目が生まれた」
「継ぎ目……」
「お前たちの世界だ」
血の気が引く。
「……ニューヨークは」
「上位層だ」
雅峰が一歩前に出る。
「つまり何だ」
帝は言い切った。
「お前たちは、移動していない」
沈黙。
私の鼓動がやけに大きい。
「ここも、お前の世界の一部だ」
脳が拒否する。
「そんなはずは」
「異世界など存在しない」
円環が加速する。
ロバートの粒子が光る。
「世界は一つだ。ただし、層がある」
私は後ずさる。
じゃあ――
「私は……死んでない?」
帝は首を振る。
「死にかけた」
息が詰まる。
「ロバートは、お前を“下層へ落とした”」
雅峰が私を見る。
私は理解した。
私は転移したのではない。
落ちたのだ。
世界の下層へ。
非科学的に見えたのは、
構造が違うだけ。
帝は言う。
「彼は設計者側の才能を持っている」
私は震える声で問う。
「設計者って、誰だ」
帝は、ゆっくりとこちらを見た。
「お前だ」
静寂。
円環の文字が一瞬止まる。
「ロバートは読めた。だが書けるのはお前だ」
石が熱を持つ。
「幻術にかかりやすいのではない。お前は層を編集できる」
私は首を振る。
「そんなの……」
「事実だ。だから均衡に入れた。物語の枠に」
私は理解した。
魔神。
成長。
ゲーム的ルール。
全部、私を“抑える枠”。
私が無意識に世界を書き換えないように。
帝が低く言う。
「彼を解放すれば、世界は再構築される」
「再構築?」
「今度こそ崩れる」
雅峰が叫ぶ。
「ではどうすれば良い!」
帝は即答する。
「均衡を選べ」
私はロバートを見る。
粒子になりながらも、確かにそこにいる。
私は呟く。
「ロバートは、私を助けた」
帝は言う。
「そして世界を壊しかけた」
私は拳を握る。
「選択肢は二つ?」
帝は頷く。
「維持か、再構築か」
沈黙。
その瞬間だった。
ロバートの粒子が、突然光を放つ。
円環が暴走する。
【AUTHOR DETECTED】
空間に文字が走る。
帝が驚愕する。
「な……!」
私は息を呑む。
文字は続く。
【PRIMARY AUTHOR CONFIRMED】
世界が震える。
石が砕ける。
雅峰が叫ぶ。
「所出井殿!!」
帝が初めて焦る。
「お前……覚醒するな!!」
ロバートの目が、ゆっくりと開いた。
そして彼は、こちらを見て、微笑んだ。
「やっと気付いたな」
次の瞬間、天守が光に包まれた。




