城下町と潜入作戦
山道を駆け下りながら、私はまださっき見た“月の文字”のことを考えていた。
【IF YOU CAN READ THIS, YOU ARE ALREADY INSIDE.】
読めるなら、もう中にいる。
「中ってどこだ……」
私はぶつぶつ呟く。
「どうした、所出井殿」
雅峰が息を切らしながら並走してくる。
「いえ、ちょっと“世界の中にいるかもしれない問題”について考えていただけです」
「……いつもながら、よく分からぬが大変そうだな」
冷静な返答である。
しばらくして、私たちは城下町に辿り着いた。
帝の城は山の向こう、巨大な天守が空を突き刺している。
「あれが……帝の城」
私は息を呑む。
「でかいな」
雅峰も素直に感想を述べた。
「攻略難易度、高すぎません?」
「難易度?」
「いや、その、規模が」
門の前には当然、兵がいる。
黒装束の影の部隊とは違い、今度は正規軍。鎧ぴかぴか。槍ぴんぴん。やる気まんまん。
私は真顔で言った。
「潜入しましょう」
雅峰が固まる。
「……どうやってだ?」
「変装です」
「変装」
「変装です」
私はきっぱりと二回言った。
作戦会議(超簡易)
城下町の裏路地。
私たちは木箱の影に隠れながら作戦を練っていた。
「まず、私が商人に化けます」
「所出井殿が?」
「はい。ニューヨーク仕込みの営業トークで突破します」
「にゅーよーく仕込み……」
「問題はあなたです」
「拙者?」
「どう見てもサムライです」
雅峰は自分の格好を見下ろした。
刀。袴。堂々とした佇まい。
「サムライである」
「その“堂々とした正直さ”が困るんです」
私は顎に手を当てて考え込む。
「……農民でいきましょう」
「農民!?」
「ちょっと腰を曲げてください」
「こうか?」
雅峰が、ものすごく不自然に腰を曲げた。
威圧感が増しただけだった。
「怖いです」
「なぜだ!?」
「農民がこんなに筋肉質で目が鋭いわけないでしょう!」
雅峰はしょんぼりした。
変装、完成
最終的に、私たちはこうなった。
私は布を頭に巻き、適当な荷物を背負った「旅商人風」。
雅峰は……なぜか大きな壺を抱えた「壺売り」。
「なぜ壺なのだ」
「それっぽいからです」
「何がそれっぽいのだ」
「壺は万能です。商売にも、情報交換にも、いざとなれば投擲武器にもなります」
「投げるな!」
門前。
兵士が睨んでくる。
「止まれ。何用だ」
私はすっと一歩前に出る。
「ははっ、こちらは遠方より参りました壺商人でして」
「壺?」
雅峰が無言で壺を掲げる。
異様に似合っている。悔しい。
「この壺、なんと“未来が映る”と言われておりまして」
「未来?」
兵士の眉がぴくりと動いた。
私は小声で続ける。
「例えば……今夜の晩飯が魚か肉か、とか」
「……」
兵士の目が揺れた。
この国、食事が娯楽の上位だと見た。
「証明してみろ」
来た。
私は壺を覗き込むふりをする。
「……おお、見えます。魚。焼き魚です」
兵士の顔が青ざめる。
「な、なぜ分かる!?」
「匂いです」
「匂い!?」
「後ろの屋台、魚を焼いてます」
兵士が振り返る。
確かに焼き魚の匂いが漂っている。
雅峰が小声で言う。
「所出井殿、それはただの観察だ」
「エンジニアリングです」
兵士はしばらく悩んだ末、腕を組んだ。
「……よし、通れ。ただし城門の内側まではだ」
「ありがとうございます」
私たちは何食わぬ顔で門をくぐる。
城下町、潜入成功(第一段階)
中は活気に満ちていた。
商人、武士、町娘。
そして明らかに怪しい黒装束の影。
「……あれ、絶対に影の部隊ですよね」
「うむ」
「潜入、バレてませんよね」
「今のところはな」
雅峰が壺を持ったまま周囲を見渡す。
その姿は完全に“怪しい壺売り”だった。
「……所出井殿」
「はい」
「壺、邪魔だ」
「でしょうね」
私は壺をひったくり、近くの井戸の横に置いた。
「後で回収します」
「忘れるなよ」
そのときだった。
背後から、聞き覚えのある声。
「その壺、五百文で買おう」
振り返る。
そこに立っていたのは――
魔王だった。
しかし今回は、黒いローブではなく、なぜか派手な羽織姿。
「……何してるんですか」
「観光」
即答だった。
雅峰が頭を抱える。
「敵味方が混ざりすぎておる」
魔王はにやりと笑う。
「帝の城は面白いぞ。あいつ、今ちょうど“式”を更新してる」
「式を?」
「世界の命令文だよ。ちょっと不具合が出てるらしい」
私は目を細める。
「不具合?」
「お前が城下町に入れたこと、とかな」
一瞬、背筋が冷えた。
私たちは潜入成功したのではなく、“入れられた”のか?
魔王は壺をつつく。
「ほら、エンジニア。バグだ。好きだろ?」
……確かに。
私は深呼吸する。
「城に行きます」
雅峰が頷く。
「壺は?」
「……置いていきましょう」
魔王が肩をすくめる。
「五百文、損したな」
「払ってませんよ」
「そうだったな」
城の天守が、夕焼けの中で赤く染まっている。
私は石を握った。
解析はこれからだ。
世界の“式”を読むために。
そしてできれば、壺を回収するために。




