表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/28

帝の方程式

「単刀直入に言おうか。今までの事象、裏で手を引いているのは帝とあの僧だ」


魔王のその一言が、私の胸の奥で乾いた音を立てて崩れた。

怒りでも恐怖でもない。もっと厄介な、理屈が壊れる感覚だった。


「……根拠は?」

私は反射的にそう聞いていた。相手が魔王だろうと、情報には証拠が要る。ニューヨークで学んだ最も単純な流儀だ。


魔王は肩をすくめた。

「根拠? あるよ。だがそれを“信じられる形”に直してやるのは、お前の仕事だろ。エンジニアさん」


挑発に見えるが、妙に筋が通っているのが腹立たしい。


「いいか。帝はこの世界の“現実”を管理している。僧は“お前の認識”を管理している。お前が何度も幻術にかかるのは偶然じゃない。仕様だ」


「仕様……」

口に出すと、途端に現実味が増した。

仕様という言葉は、誰かが設計した世界を前提にする。ここは非科学的な世界のはずなのに、設計があるのなら話は別だ。


魔王は指先で宙を弾いた。コン、と鈍い音がして、私の目の前に透明な膜が走る。

まるで見えないガラス板が空間を区切ったように。


「この世界には“層”がある。お前が見てるのは一番上の薄皮だ。僧はそこに絵を描くのが上手い。帝は薄皮の下、骨格をいじれる」


「……帝が骨格?」

「そう。骨格をいじれば、石のルールも、魔神の刻印も、帰還の条件も、全部変えられる」


私は歯を噛みしめた。

ロバートの刻印。

私の修行。

“魔神を倒せば能力が増える”というゲームみたいなルール。

あれは世界の真理じゃなく、誰かの都合かもしれない。


「じゃあ、ロバートは……」

声が勝手に震えた。


魔王はふっと目を細めた。

「人質にするには最高の状態だろ? 眠っていて、死んでいなくて、助ける希望だけが残る。人を動かす燃料としては優秀だ」


燃料。

言葉が鋭すぎて、私は一瞬だけ息を忘れた。


そのとき、背後で小さな足音がした。


「……所出井殿」


振り返ると、そこには雅峰が立っていた。

刀を握った手が、いつもより固い。

彼の目は、私ではなく魔王を射抜いている。


「拙者は聞いてしまった。帝と僧が黒幕……だと?」


「まさみね……」

私が言いかけた瞬間、魔王が大きく手を叩いた。


パン。


音が鳴っただけで、空気が“締まる”。

私の足元から、見えない杭が地面に打ち込まれたように身体が動かなくなる。雅峰も同様だった。

重力が増えたわけじゃない。拘束の“概念”を押し付けられた感覚。


「落ち着け。俺は今は敵じゃない。ほら、来た」


魔王が顎で示した先、食事処の戸が、風もないのにゆっくり開いた。

暗がりから、白い衣が現れる。


僧だ。

あの月照寺の僧。

しかし、今の彼は“ホログラム”ではない。影の濃さが違う。呼吸の湿度が違う。


「……ここまで辿り着いたのですね」

僧の声は静かで、優しい。だからこそ背筋が冷える。


「あなたが、これを?」

私は拘束されたまま、言葉を絞り出した。


僧は首を横に振った。

「私は“導いた”だけです。あなたが進んだのです。あなたは選びました。何度も、何度も」


「選んだ……?」

私は笑いそうになった。

騙され、操られ、幻を見せられ、追い立てられた。

それを選んだと言われるのは、あまりに都合が良い。


僧は私の目をまっすぐ見た。

「あなたが“幻術にかかりやすい”のは事実です。ですが、それは弱さであり、同時に才能でもある。あなたは世界の薄皮に触れられる。普通の者は気づきすらしません」


魔王が鼻で笑った。

「出た。綺麗な言い方。毒を薬に言い換える天才だな」


僧は気にしない。

「帝はあなたを恐れています。あなたが層を破ってしまうことを。だからあなたを“ゲームの枠”に閉じ込めようとした」


「枠……七体の魔神、刻印、石の追加能力……」

私は息を吐きながら、頭の中でパズルを組む。

ルールが人を縛るなら、それは牢だ。

牢の設計者が帝で、看守が僧?


「違います」

僧がやわらかく否定した。

「私は看守ではない。私は鍵です」


その言葉と同時に、僧の指が軽く動いた。

すると雅峰の腰のあたりが淡く光る。

あの隕石の欠片。翻訳の石が、呼吸するように明滅した。


「雅峰様の石は“言葉を理解する”だけではありません。本来はもっと広い。言葉とは、世界の命令文です」


私は目を見開いた。

命令文。

プログラム。

世界の動作仕様。


僧は続ける。

「帝は言葉の体系を独占しようとしました。誰にも“命令文”を読ませないために。ですが、あなたは外の世界の思考を持ち込み、雅峰様は言葉を解く石を持っている。二人が組めば、世界の命令文を解析できてしまう」


魔王が片手で頭を掻いた。

「だから俺がわざわざ出てきて説明してやったってわけ。帝は隠す。僧は匂わせる。お前ら人間は走る。ほんと面倒くさい仕組みだよ」


その瞬間だった。


外から、馬の蹄の音が地面を叩く。

複数。十、いや、もっと。

そして金属が触れ合う、あの嫌な音。鎧だ。


「……影の部隊」

雅峰が低く呟いた。


戸の隙間から、黒い装束の兵が流れ込む。

顔は布で覆われ、目だけが冷たい。

彼らは迷いなく、魔王ではなく私に刃を向けた。


「所出井殿、伏せよ!」

雅峰が叫ぶが、私たちはまだ拘束されている。


「ちっ」

魔王が舌打ちをして、指を鳴らした。


拘束が解ける。

私は転びそうになりながらも踏みとどまった。雅峰は即座に前へ出る。

しかし彼は戦えない。息切れする。

それでも前へ出る。

それが彼だ。


「来るわよ、所出井殿!」

雅峰が刀を構える。刀身が震えている。恐怖ではなく、体力の限界で。


私は一呼吸で状況を読んだ。

敵は私を“回収”しに来た。

なら、ここで戦う必要はない。ここで勝つ必要もない。

必要なのは、情報を持って逃げること。


私は石を握った。

掌が熱い。

自然の力が吸い上がってくる、あの感覚。

草木、土、水、空気。


「岩を……浮かべるんじゃない」

私は自分に言い聞かせる。

「地形を、再配置する」


爆発の能力はまだ“完全”ではない。

でも浮遊は使える。反射もある。

この二つで、逃走経路を作る。


私は足元の土を、板みたいに剥がす。

風の刃を防いだときと同じ要領だ。

ただし今回は、防壁ではなく“橋”にする。


ズズズ……と地面が持ち上がり、食事処の裏へと伸びる。

影の兵が一瞬だけ足を止めた。

驚きは、人間の処理を遅くする。


「行くぞ!」

私は雅峰の腕を掴んで走った。


僧はその場から動かない。

魔王も動かない。

二人は、私たちの背中を眺めていた。


「僧!」私は振り返り叫ぶ。

「ロバートはどこだ!」


僧は目を閉じ、そして、ひとことだけ返した。


「“帝の言葉”の中にいます」


意味がわからない。

だが、重要なキーワードだと直感が告げる。

帝の言葉。

世界の命令文。

その中にロバートがいるなら、私は“読む”必要がある。

読むためには、雅峰の石が要る。


背後で、魔王の声が飛ぶ。

「次は城だ、エンジニア。帝に会いに行け。会って、式を解け。お前の得意分野だろ?」


そして、僧の声が重なる。

「もし帝の式を解けたなら、あなたは幻術に勝てます。自分の眼で“層”を見られるようになる」


影の兵の矢が、夜を裂いて飛んできた。

私は石を掲げる。


カン、と乾いた音。

矢が見えない壁で弾かれ、暗闇へ落ちる。


「……反射」

私は呟いた。

能力が増えたわけじゃない。

私は“使い方”を増やしただけだ。


雅峰が息を切らしながらも笑う。

「所出井殿、今のは……まるで、武士の受け流しだな」


「武士じゃない。私はエンジニアだ」

私は笑い返す。

笑う余裕が残っていることが、なぜか嬉しかった。


山道へ抜ける直前、私は一度だけ空を見上げた。

月がある。

しかし、その月がほんの一瞬だけ、文字に見えた。


まるで、巨大な一行の命令文。


【IF YOU CAN READ THIS, YOU ARE ALREADY INSIDE.】


私は喉の奥が冷たくなるのを感じた。

帝の言葉。

僧の仮説。

魔王の挑発。


そして何より、私の眼が、また世界に騙されようとしている。


「……読めるか、私」

私は自分に問いかけ、石を握り締めた。


その答えは、城で出る。

帝の式を、解くために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ