薬指
「よ、よかったらぼくと結婚してください!」
今日、僕はこのニューヨークの夜景の綺麗な高層ビルで彼女のメアリーにプロポーズしたのだ。控えめな僕はプロポーズをずっと前から計画していたのだが、中々恥ずかしくてなんでも話せる彼女にも出来なかった。
僕は爆弾でも処理するかのようにそっと箱を開けた。大きなダイヤモンドは反射して彼女の驚く姿をうつしだしていた、と同時に僕の情け無い顔もうつしだしていた。眼鏡をかけ、灰色のような青い目にそばかすに金髪に、アメリカではどこにでもいそうで逆にいない極めて普通過ぎる外見なのだ。こんな綺麗な女の子と付き合えること事態とんでもない奇跡だ。
彼女は迷うことなく返事した。
「はい」
目には涙が浮かんでいた。きっとこの指輪のために僕がどれだけ仕事を頑張ったか知っているのだろう。出来るだけ節約もした。夜には将来、店を開くために寝る暇も惜しんで勉強した。
僕の背中はそれだけの重荷を背負っていたのだ。しかし、その重荷も今の返事で吹き飛んだ。僕は飛び上がって喜んだ。
僕の名前はジョン、この物語は実に奇妙な薬指にまつわる話だ。
「為せば成る、か」
本当にそうかもしれない。いや、まてよ。それならばもっと充実したスクールライフをおくれていたのではないか!思い出したくもない、思えば僕のスクールライフはとんでもなく悔いの塊だ。リア充のように甘くはない、いつも休み時間は自分の机の上で寝たふりして周囲の会話を聞いていただけ。何人か僕と同じような子が話しかけてきたけど上手く会話も成立せずまたみんな離れていく、ただただ退屈なスクールライフだった。
ハイスクールを卒業して近所のハンバーガーショップでアルバイトを始めた。そこで彼女に出会った。綺麗な肌に整った顔立ち、サラサラなブロンドヘアで僕は今まで本気で女の子を好きになったことはなかったが、一目惚れしてしまった。バイト先でも僕は相変わらず1人で、スマホでゲームをして時間を潰すことが多かった。そんな僕にメアリーは声をかけてくれた。彼女も学生時代は口べたで学校には友達も少なかったそうだ。もの凄く美人なのに。
意外な共通点があった僕達はすぐ意気投合した。そうして1人でいる時間よりもメアリーと一緒にいる時間のほうが多くなった。いつの間にか僕達はカップルという噂まであったほどだ。
ある日、メアリーにひと気の少ない公園に呼び出された。僕はこんなこと初めてだったからなんとなくネガティヴな発想しか浮かばなかった。
しかし、彼女は僕が公園に着いて用件を聞く前にきっぱり言った。
「好きです、付き合ってください」
アメリカ人は『僕達付き合わない?』とか『私達ってホントよく似てるよね〜』とか、自分がフられてもなるべく恥ずかしくないような告白の仕方ばかりだと思っていた。
しかし彼女は、自分の愛を真っ直ぐ伝えるためにはっきり言ったのだ。
僕は自分が恥ずかしくなった。好きでいても中々告白なんて出来なかった。だって初めての友達でフられてしまったら今の関係が崩れてしまうと考えると怖かった。
でも今更になって気づいた。それは彼女を信じてなかったのだと、僕は大切な友達さえも信じることが出来なかった。彼女もきっと恥ずかしかったろうに。
僕もきっぱり返事をした。
「僕も好きだよ。これからは友達としてではなく恋人として付き合おう」
僕は決めた。今度こそは遅れをとらない。プロポーズを先にするのは僕だと。
それから2年僕らは遂に結婚するのだ。
さっきメアリーとのデートを終えて、今、帰宅している途中だ。
突然、僕の肩に1人の女がぶつかってきた。女は謝りもせずそのまま全力疾走で走り去っていった。
「なんなんだよ、ぶつかっておいて謝りもしないとは」
ブツブツ言いながら正面を向きなおすと今度は明らかに怪しい姿の男達3人が女を追って全力疾走していった。強盗のようなマスクに腰につけた拳銃、何か嫌な予感がした。男達を追ってみる。するとビルとビルの間の暗い路地に着いた。
女は男達に捕らえられ手足を拘束され上着を脱がされていき、見るからにやばい状態だった。僕は絶句した。止めるべきだろうか。いや、彼女もきっと僕まで巻込もうとするほどヒドイ人間じゃあるまい。うん、帰ろう。
「誰か助けて!」
女はやっぱりヒドかった他人までこんなことに巻込もうとしている!しかし、そんなことどうでもよかった。これから結婚して父という立場にたつ僕は女の1人も守れなければきっとこれから後味の悪い人生になる。僕はもう後悔したくはなかった。
「や、やめろ!」
喉から精一杯振り絞った声、それはビルとビルに反響しあってその場にいる全員の耳に届いた。
その声を聞いた男の1人がスタスタとこちらに歩み寄ってきて、僕の頬を思い切り殴った。他人に殴られたのは初めてだ。僕の目から思わず涙が溢れた。そんなことおかまいなしにもう1人の男も面白がってこっちに来た。そして僕の腹にひと蹴り、僕はしばらくそのまま2人の男に暴力をふるわれ続けた。
女は暴力をふるい続ける2人の男に気をとられたもう1人の男の腹に膝蹴りして、手足を解放させると男の腰につけた拳銃を手に取り、発砲した。
男達は驚いて後ろに退いた。女はそれを確認すると僕にむかって叫んだ。
「これを!」
女は僕にむかって丸い球体を豪速球で投げた。僕は利き手の左手でとろうとしたが、何故か薬指が他の指より前に出ていて球体がそのまま薬指にぶつかった。
「ギャーーー!」
思い切り突き指した。しばらく痛かったが、やがてその痛みもひいていった。
僕は男3人と女の表情をうかがった。女は満足そうな顔でこちらを見ている。なんて女だ!しかし、反対に男達の顔は青ざめ肩や足は震えていた。目線は僕の左手だった。
チラッと左手をみる。すると左手がもの凄く光っていたのだ。普段あまり驚かない僕でもこれには驚いた。
光は、しばらく光り続けていたが、やがて薬指におさまっていった。
すると男の1人の表情が少し変わった。
「おい見たか?光が薬指におさまっていったように見えたぞ。ただの薬指だけに発現したのだとしたら、あまり恐れる必要はないんじゃないか?」
男達3人は顔を見合わせて不適な笑みを浮かべた。僕の方に向かってくる!
男達はまた僕への暴力を再開しようとして僕に近寄ってくる。そして僕に手を振り上げた。
「うわー!」
僕は咄嗟に男の腹を殴った。人を殴ったのも初めてだ。全然鍛えてないから全く効果のないと思った。
しかし違った
男の腹から鈍い音が響いた。その瞬間、男は物凄い速度で後ろに吹っ飛び、壁にめり込んだ。
「ゲボォ!」
男の口から血がボタボタ溢れた。
「え?」
今、僕と男2人は同じ表情をしている。それはとても唖然とした表情だった。
男の1人がこちらに殴りかかろうとした。そして僕はまた男を殴る。そしてまた吹っ飛ぶ。僕は僕でない気がした。こんな強い自分、幼い頃の妄想と夢でしかみたことがない。
もしかして本当に…?
僕は最後の男の方を向いて歩き出した。
「ヒィ!」
男の顔は恐怖で、マスク越しでもわかるほどひきつった。僕が男に近づくにつれて足の震えがより凄くなる。僕が男の真正面にたったそのとき、男は失禁してしまった。
男の顔を右手で殴った。
「ギャーーー!」
男が悲鳴をあげる。しかし、今度は吹っ飛びはしなかった。
「あれ?痛くない」
男の顔はケロッとしてる。次の瞬間、恐怖で顔がひきつったのは僕だった。
僕は今度は左手で殴った。しかし、やはり効果がなかった。
「このやろう!びっくりさせやがって!」
男が僕の腹に思い切り重いパンチを繰り出した。そして、もう一発僕の顔に殴った。この時、僕の怪力はまぐれだったことに気づいた。もう一度男が僕の顔に殴ろうとして、腕を振り上げた。
「や、やめ…」
僕は顔を守るために左手の手のひらをかざした。
次の瞬間、男の拳が僕の薬指に当たるのを感じた。すると男の拳が吹っ飛んで肩がはずれた。男の悲鳴は夜の街に響いた。
僕と女はその凄まじい光景に呆気をとられた。得に女の方はこんなショボい男が屈強な男3人をねじ伏せるなんて。
1人は壁にめり込み、1人は遠く離れたところでうずくまっている。そしてもう1人は、肩がはずれた痛みに泣かされていた。
「凄い…」
僕と女は同じことを口にしていた。その時、目があった。女は急いで僕から目を離した。僕はそんな彼女を見て怒りが絶頂に達した。
「君はなんなんだ!?まずこんなことに巻き込んだ僕に謝るべきじゃあないのか!僕の顔を見ろ!眼鏡がわれて、顔だってボコボコに腫れてる!服だって血まみれだ!まず謝れよ」
僕は生まれて初めて他人に怒った。なんなんだ、今日は人生初が多すぎる。
「ごめんなさい、服はちゃんと洗って返すし、眼鏡だってほら、私のあげるから」
僕は頭を掻きながら質問した。
「さっきの丸い何かと怪力の薬指、あれはなんなんだ?」
「あの球体は人の未知なる力を呼び起こす道具よ。使い捨てだけどね。私は太古昔に作られたとされるこの世に数えきれるほどしかない希少なボール、『パワーボール』を奴らから奪ったの。ほら、手袋つけてるでしょ。これは自分に能力が発現しないためよ」
「なぜ自分に発現してはいけないんだ?それと、奴らっていったいなんなんだ?」
僕は質問攻撃を繰り返す。しかし、彼女はその全てを的確に答えた。
「奴らってのは、あのテロリストグループ、『ハック』のことよ」
ハックとは、最近、ニュースで話題になっているテロリストのことだ。なんでも、銀行を襲い、客や職員を皆殺しにし大金を持ち去って逃げたという。金庫の厳重なセキュリティをハックしたということから、通称ハックと呼ばれてるそうだ。
女は続けた。
「それで、私はこれでも女だから例え能力があったとしてもテロリストに1人で挑むには度胸が足りないから、私のかわりに戦ってくれる屈強な男を探していたのよ。パワーボールが彼らの手にあってはニューヨークが危ない、だから彼らから奪ったの」
「そこでみつかってしまったというのか。うーむ」
僕は唸った。そして僕が何か言う前に彼女が口を開いた。
「まあ、あなたは屈強な男ではなさそうだし、よりによって薬指という指の中でも一番動かしにくい指に力が発現したのは少し不安だけど、今のパワーを見たら中々悪くなさそうだしね。あなたに戦ってもらってもいいかなって」
この女、いったいどこまで図々しいんだ?そしてなんでそこまで屈強な男にこだわる?僕にはわからない。
しばらく考えてるうちにある疑問が浮かんだ。早速女にきいてみた。
「なぁ、銀行強盗ってなんで金を盗むんだろうな。必要な物資も盗んじゃえばいいのに」
女は質問すれば必ず答えた。しかし、今の質問には答えなかった。