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「魔法はね、こうなるといいなぁ、って強く思うことが大切なんだよ。」
ホユ姉ちゃんが優しく幼児に語りかける。
「それもちゃんと思わなきゃ出ないの。『匂わなくなるといいなぁ』じゃなくて、『目の前の花の匂いをなくす』ことをぎゅっと強く思うんだ。それで体が少しだけ温かくなったら、その温かくなったやつを集めて花に向けてみな。最初は花を持ったまま思ってみるんだよ。」
ふむふむ、なるほど。属性とか呪文とかよりもまずは「思い」が重要なのね。
そういえば聞き耳を立てたり気配をつかもうとした時に体がポカポカしてた気がする。力んだせいかと思っていたが、これは魔法の発動する予兆だったのか。
それならいけそうな気がする!ふぬー!
はぁはぁ。中々難しいな。
ポカポカはするけど、それからが上手くいかない。目の前にある小石を動かそうと思ったんだけどね。そのポカポカが全然集まってくれない。
幼児も頑張っているが上手くいかないようだ。あ、泣きはじめた。
ホユ姉ちゃんは宥めたり慰めたり励ましたりしながら、根気強く教えている。この子ほんと偉いよ。
タルマは食事を与えていない幼児が生き延びているのがホユ姉ちゃんの仕業だという事に気が付いているが何も言わない。それで幼児も魔法を覚えたら儲けもんとでも思っているのだろう。
次の日も次の日も、いたぶられた幼児に向けて治癒をしつつ、ホユ姉ちゃんは教え続けた。
気晴らしになるからか、魔法でどんな事ができるかとか、注意点とか、偉大な賢者が巨大魔法で活躍した話とか、魔法にまつわる色んな話をした。
どうやら魔法は人によって容量があるようで、成長によりどんどん大きくなるようだが、それを超えた魔法は使えないから最初にちゃんと決めないといけないようだ。容量を超えた魔法は、以前に覚えた魔法が使えなくなるのと引き換えに、しかも多大な労力を以て覚えなければならない。
要するにHDDの上書きみたいなものだな。家庭教師ものを保存するためには、容量が同じくらいの妹ものを消さなければならない、みたいな。うう、あの断腸の思いが蘇ってきた。結局全部消したんだけどさ。ストリーミングで我慢よ我慢。
そうすると、赤ちゃんの容量がどれほどか分からないが、石ころを動かす魔法は無理かもしれないし、できたとしても無意味なようだ。
あぶねー!石ころを転がすだけの魔法じゃ殴られるわ。
やっぱり消臭から先に覚えるべきだな。殴られたくないし。
そうして、俺はひと月ほどでポカポカを集める事に成功した。目の前の石ころは2日で蹴り転がられてどっかに行ったので、自分自身の手にかけてみる。
魔法の発動を感じたのは集める事ができてから10日ほど経ってからだった。
幼児はポカポカを集める事もできなかった。目が死んでいる。
あれだけ殴られてたら気持ちは痛いほど分かる。ホユ姉ちゃんが癒してくれるし食事を分けてくれても、殴られる痛みは生きている限り毎日続く。タルマは気分屋だが、子ども達をいたぶる日課は欠かさない。
もう楽になって死にたい。それを許してくれないホユ姉ちゃん。いつしか、幼児の恨めしい目はタルマではなくホユ姉ちゃんに向いてしまい、避けるようになってしまっていた。
それでもホユ姉ちゃんは諦めずに魔法を教え続けた。どんなに突き放されても、反応しなくても、人はみんな、誰でも魔法を使えるようになるんだよ、と励まし続けた。
でも、幼児は極限的な心境で魔法の事を考える気力も失せてしまっているようだった。
泣きそうな顔をして俺に山羊乳を飲ませてくれるホユ姉ちゃん。いたたまれなくなってつい「元気出して。」という意味で声を出した。
「あーうー。」
ホユ姉ちゃんは目を丸くして驚いたが、少しだけ口を綻ばせてくれた。
「ふふ、あんたは賢いね。これからどんなにつらい事があっても諦めちゃダメだよ。いつか良い事が絶対来るし、それまでにくたばったらもったいないでしょ。あいつらから離れる日はいつか来るからね。」
それからしばらくして、凍えるような寒さの続く中、ホユ姉ちゃんと幼児はこの部屋から姿を消した。
◆ ◇ ◆ ◇
魔法、といっても消臭だけだが、使っていくうちになんとなく洗練されるのを感じた。
ポカポカが集まる時間が早くなったり、消臭に使う分の魔力?だけを集めたり。
それに、なんとなくと言うにもおこがましい程に究めて曖昧ではあるが、まだまだ容量に余裕があるような感触があった。
1日の半分以上も寝ている赤ん坊とはいえ、暇を腐るほどもて余している身だ。消臭を覚えてホッとしたし、他の魔法に挑戦してみようと思い考える。何を覚えたらいいかな。
とりあえず、まずは基本だな。スキルでいえば魔力感知と魔力操作ってやつ。
相変わらずステータスもシステムさんも出てきてはくれないが、「思い」が力になる以上は、便利スキルもいずれはできるようになるんじゃないか。
タルマもハンニマも身体強化してるらしいしな。タルマは急所と腕力。ハンニマは聴覚と嗅覚と脚力を強化してると自慢し合っていた。
ちなみにホユ姉ちゃんが去ってから別の孤児が来るまでハンニマが飯をくれたのだが、山羊乳を含ませたボロ布を顔にべちゃっ、と落とすのみで毎回窒息しそうだった。排泄しちゃったブツもそのまま。
ぶっちゃけ殺意はタルマ以上にある。
この世界の魔法は、個々に容量があるだけでその種類は多岐にわたるようだ。消臭のように確立された使える魔法は真似をする事でみんなが負担も少なく覚えられるようだが、オリジナルな魔法を習得するとなると大変で、習得に要する時間も燃費も労力も多大なものになるらしい。
しかし俺は治癒と消臭しか直に見ていない以上、真似をすることも出来ないのでオリジナルでいくしかない。むしろオリジナルでないといけないだろうな。既知のものは便利なやつのみに留めとかないと敵を出し抜けないし、なによりチヤホヤされないしな!
そんな訳で、まずは視界にいる新人だけど年上の馬耳少年を対象に魔力を感知してみた。ごめんね、馬なのかロバなのかラバなのか、おじさん良くわからないんだ。
魔法自体は、発動さえすれば感じることができる。治癒なんかはあからさまに光るしね。
問題は不活性の時だ。誰でも魔法を使えるのなら、普段の状態で魔力を感じることができれば色んな事がはかどるだろう。
そう思ったんだけど…むちゃくちゃ難しい。基本とか言ってサーセンでした(泣)。
魔法を編み出そうとすると、何となくだが習得の難しさが感じられる。
石ころを転がす事なんて、今では簡単にできそうだ。やらないけど。
感知できるようになるには膨大な時間がかかるのが直感的に分かってしまった。
魔力感知は難しいのか。他の魔法はどうだろう。
なら物は試しだ。隕石降らせてみようと思おうか!
…。
…結論。
現実的じゃないです、はい。分かってたけどさ。思ってみただけで小宇宙を感じるほどの規格外だったわ。これは無理。今から願い続けたらそのまま成人するまで何もできないレベル。
あーあ。幼児チートできるほどの魔力は最初からはないようだ。ちょっとガッカリしちまったい。
隕石魔法は男のロマンとしては大いに習得する価値はあるが、それまでに死んだら元も子もないから諦めよう。元々お試しで思っただけだし!
ただ、発想は良かったと思うんだがどうだろう?
直感的に可否が分かるなら、最初に強力な魔法の習得を目指す。容量が上限に迫って他の有用な魔法を覚えられないのが欠点として考えられるが、器用貧乏になるより圧倒的な火力があった方が良くね?
うーん。例えるなら手数で押す双剣か、一撃必殺の斧槍かって所か。
先手必勝、一撃必殺が楽ではあるが、対策を立てられたり避けられたら目も当てられなくなるよな…。難しい所だ。
そうなるとあの鬼畜どものように身体強化を得るべきか。攻防一体で優先度は高いんだけど…幼児が強化してどこまでになるかという問題がある。赤ち○んマンみたいに強くなれるのか?無理だな(笑)
第一目標はあいつらに決めているが、あくまで将来的な視点で考えなくてはいけないからな。身体強化は第一目標には届かないだろうが将来的には必須だろう。保留だ。
なら錬金術はどうだ?これは数多の「異世界もの」の中でかなりのチート性能を誇っている。
ゴーレムを作ったり防具を改良したり、最終的には近代科学兵器まで行き着く代表的なチートだ。なによりも生活環境を整えられるのがデカいよな。衣食住にも使えて汎用性は抜群にある。
よし、先達に習って、アイディア次第で無敵になる錬金術の線でいってみよう!
……。
っく!はぁはぁ…。イメージが多岐に渡りすぎて感覚が追い付かん。いきなり超合金は無理のようだ。最初はそこらへんの土を弄くる程度におさえて、それから成長に合わせて発展させるべきか?
いや。それなら俺が「異世界もの」を読む時にいつも思っていたことを実行すべきだろう。
原子操作。
一つ一つは不可視というのも憚られるほど小さく、気体も固体も液体も、あらゆるすべての物質の構成体。この最小単位を知っているのは異世界では強みではないか。
孤児達は言うもがな、鬼畜どもの服装や家具からして科学が発展していないのは明らかだ。
錬金術が鉱物を操作する術なら、それは万物を操作し組成する究極の術。固体だけでなく気体も液体も、操れたら最強でしょ。
燃焼だって氷結だって竜巻だって、空気中の分子を操ればできるから魔法としてもオールマイティー。
そして最終的に、小さな原子の核がもたらす膨大なエネルギーも利用できれば恐ろしい力になる。
熱核融合。
うっはーーーーー!チートくせーーーーーー!!!
これは高まってきた。いけるだろ。なにせ最小単位だからな。それこそ石ころ転がすよりも簡単なんじゃね?まさに現代科学の勝利!
「きゃっきゃっ!」
急に高ぶって喜色満面に笑い声をあげる俺に対し怪訝な顔を浮かべる同居している孤児達。それに気付くことなく、俺は自分の考えに没頭していくのであった。