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はいどうも、酒谷憲和、1歳です。
あれから色々と大変だったわー。食事は3日に1回だわ、這い這いして動くとぶん殴られるわ。幼児どころか、赤ちゃんに対してもここは厳しかった。真っ黒だぜ。ブラック企業だぜ。
こんな所誰も働きたくないよな!と言っても働いてないしただ飯食らいだけどな。俺、赤ちゃんだし、はっはっはっ。
…いやマジ、女の子でした。
ども、酒谷憲和、1歳、女の子です…。
あれから数ヶ月後に、首が座ってやっと自分で確認できた。苦労して下半身にだけ巻かれている布の中を覗く事に成功した。
それまで半信半疑というか、信じたくなかったんだけど。なかったのよ。あるものが、なかったのよ。いや、拭かれたりする時に薄々感じて諦めてはいたけどさ…
ちなみに、名前もまだ付けられていません。異世界ネームないと違和感はんぱないんですけどぉぉぉ…。
ま、いっか。
こんな形でハーレムが断たれるとは…と、最初は果てしなく絶望したが、考えてみれば「ゆりゆり」な展開もアリだよね。全く経験も知識もない世界だけども、欲望を吐き出せない代わりに何か得るものがあるはずだ。それはそれで背徳的なドキドキが味わえる、と思う!
ネカマプレイをしてると思う事にしよう。待ってろ美少女ども。
◆ ◇ ◆ ◇
さて、1歳とは言ったものの、ここにはもう2年近くいる。日々数えている日にちは産まれてから500回を少し過ぎた。眠っていて意識がない間が不明だが、飯の間隔からしてそう間違ってはいないだろう。
冬はかなり過酷だ。一応毛布でくるまれていたが、とんでもなく寒かった。寒いという言葉すら生ぬるい。毛もペタンコで固いものを毛布と言えるのか疑問ではあるしね。
逆に夏は快適で、部屋の中も涼しく過ごす事ができた。四季と言っていいのか分からないが、季節の移り変わりはある。
王都は冬でも暖かいらしい。なぜ知ってるかというと、冬、ご飯を持ってきた女がタルマに王都行きをせがんでいたからだ。
この女、タルマの愛人だ。
タルマはやっぱり幼児を殴った奴だった。大柄で醜く肥え太っている。大柄というか、人としてあり得ないくらいの体格をしている。
赤ちゃんの俺からすれば誰もが巨人だから目測を誤っているのかもしれないが、訪ねて来る他の人と比べても明らかに大きい。豚鼻がなくとも、オークと言われておかしくはない。
愛人は一見普通の人間のように見えるが、目の中の光彩が少し光によって変わる。猫のように縦長に細くなったり広がったり。耳は髪の量が多くてどうなってるかまるで分からない。
こいつらだけの情報ではなく、孤児や出入りする大人達にもいるが。
この異世界は混血が少なからずいて、獣人など様々な知的生命種がいる。純血ぽい者の方が多い印象ではあるが、混血と思われる者も少なくない。半々くらいかね?
それは俺が望んだ異世界で、判明した当初は正直テンションが上がった。けも耳エルフ耳サイコーじゃん。
だが、このタルマと愛人に関してはグズ中のグズなのでそれ以前の問題だ。
ホユ姉ちゃんは俺が来て3ヶ月のある日、突然いなくなった。その晩タルマ達は派手に宴会をしていたから高く売れたのだろう。
あの殴られた幼児はホユ姉ちゃんがいなくなってから程なく息絶えた。
その後も新しく孤児達が入れ代わり立ち代わり連れてこられた。
全員年上で中には10代後半の青年もいたが、いずれも魔法の出来不出来で待遇が変えられていた。すなわち、殴るか殴らないか。飯を食わせるか食わせないかだ。
ほとんどの子が2歳で魔法を覚えさせられ、1ヶ月ほどで覚えられなかった子はいなくなる。5歳ともなると、指定された魔法の精度や効果をチェックされ、及第点に届かないと酷い罰を受ける。切り傷、刺し傷、打撲なんでもござれだ。
逆に優秀な子には、2日に1回の粗末な食事と殴られない温情が渡される。それ以上はない。ちなみにタルマは1日5食を欠かさないそうだ。
「よし、お前にそろそろ魔法を教えてやる。一度しか見せないから良く見ておけ。」
「は、はい…。」
今思えば秋の肌寒くなり始める頃に産まれた俺にも、魔法チェックをする日が訪れた。今は二度目の冬をようやく越した春先で、季候が似てるので2歳と勘違いしてるのだろう。きっとそうだ。馬鹿過ぎる。
ガラガラの低い声で偉そうにのたまうタルマに、俺は怯えた表情を面に張り付けてこくこくと頷く。怯えと死んだ目と卑屈さの演技は完璧になったぜ。
俺達の前には黄色い切り花が並べられていた。
タルマはその1つに向けて右手をかざす。すると、手のひらのあたりがしばらく淡く光り、光が消えたら花を俺の前に出した。
「匂わねえだろ?さあ、お前もそっちのをやれ。」
「は、はい。…え、えいっ。」
俺もタルマを真似して右手の手のひらを光らせる。実をいうと、タルマに差し出された花は少しだけ匂いがしていた。
タルマは俺が消臭魔法をかけた花を持つと顔をしかめながら匂いをかいだ。
「…む?おい、ハンニマ、この花には俺の魔法はかかってなかったよな?もともと匂いが弱かったりしたか?」
「いいや、こいつが魔法を使ってから匂いが消えたよ。完璧さね。」
「一発で離れた所に…他のガキどもを見てたんだろうが。そうかそうか!こりゃ上出来だな!てこたあホユ以来…いやそれ以上かもしれねえぞ!」
「ホユって、あの治癒の…ほんとかい?それなら今年こそは冬に王都で遊べるねぇ!」
「へっへっ、あいつのお陰で商館との渡りがついたからなあ。こいつの場合は今のままの早めがいい。避暑でやって来る時が勝負だぜい。」
がっはっはっ!と、俺の頭をぐりぐりと回しながら、愛人のハンニマと共に高笑いを上げるタルマ。首がいてぇ…。ちなみに今は死んだ目バージョンだ。
「売る」と、ひと言も発しないのは、ここが孤児の斡旋所だからだ。この国では孤児の保護を目的にこういった施設が各地方に作られているらしい。魔法や武術の訓練や家事などの技術を教えて、商人や貴族などの資産家に雇ってもらうのが真っ当な斡旋所だ。
この国は奴隷制度はなく、せいぜい奉公人、使用人、夫役くらいだが、タルマは孤児を他国に「紹介」して「お礼」を受け取っている。他国には奴隷制度がある。
つまりは斡旋所を表看板にした非合法な奴隷商人だ。ちなみに、タルマは孤児を受け入れるための配給や補助金を領主から受け取っている。二重取りってやつだな。さぞかし他人の金で食う飯は旨いのだろうな。
俺はこの異世界で、愉快な楽しい生活を送るつもりでいる。それは何よりも優先させるべき重要事項で、その為には障害を取り除く必要がある。だから。
こいつらを痛い目に遭わせる。
死んでいった子ども達のためとは口が裂けても言えない。彼らにはそれを託されてはいない。
いくら無惨に殺されただろうからと言っても、所詮はほんの少しの間に飯を共にしただけだし、言い訳にして責任を背負わせる事はできない。
あくまで俺自身のためであり、これからの異世界ライフに向けて、俺自身の意思で行うのだ。
問題は、もうすぐ2歳の1歳児に何ができるのか。どこまでできるのか。
魔法でやるしかないのは間違いない。他の動物に意思を通わせて…というやり方は通用しない。あいつら知能低すぎて言うこと聞いてくれないの。それにタルマが住んでる建物は、小さい生き物が入ってこれないような仕掛けがあるらしいし。となると、あとは魔法しかない。おっと、知恵があったな。33歳児をなめんなよ。
夏まであと少し。ハードルは高いが、やってやろうじゃないの。
ガールズラブにチェック入れようか迷ってます←
この世界の1年は365日じゃありません。