最終話――銃弾を超える最後の球(ライフ)一――
黒は驚いていた。君が弾丸回転をする球を受ける、受けられるとは思っていなかったからだ。
もう一度上に飛ばして球を受けた時も、黒は君を凝視していた。
黒は、ネクタイを外し、ボタンも一つ外すと
「次が最後の球だ」
と言った。
君は頷いた。
それを見て黒は、
「最後の球を投げ、そして、それを受けた時、当てる事の出来る絶好の機会となっているだろう。慈悲は要らない。当てろ」
と言った。
君は一度考えるように首を傾げたが、頷いた。
そして、黒は投球動作に入った。
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あなたは左足を一度後ろに下げた後、前を通して上げた。
少し体を沈ませ過ぎではあるが、野球の一般的な投球動作。流れる様な投球動作である。
そして、あなたの右腕は上から下へ、空間を縦に切り裂いた。
白に迫り来る球はバレットボールの様な弾丸回転。しかも、バレットボールより遥かに回転数も多く、途轍もなく速い。
銃弾を超える球。
銃弾を超える最後の球。
あなたの魂が宿った様な。否、あなたの魂そのもの。人生の球。ライフ。
それは、あなたの苦しみを表現していた。
それは、あなたの悲しみを体現していた。
それは、あなたの慈しみを再現していた。
それは、あなたの超越性を顕現していた。
それをバレットボールと同じ手法で受ける事は出来ないと、白は直感的に察した。
バレットボールは僅かに浮き上がるような軌道だったが、これはほぼ真っ直ぐに白の中心に向かって来ていた。あなたが体を沈み込ませたのは、この、バレットボールよりも水平に近い軌道を実現させるためだったのだろう。
同じ手法で受けるには、バレットボールより多い回転数に耐える為、先程よりも正確に回転軸を捉える必要がある。しかし、それでは上に弾く事が出来ない。軸から手をずらした瞬間に、白の手が耐えられなくなるだろう。
だから、白は、まともに受ける事にした。
少しでも回転に耐えられるように、右手を球の上、左手を球の下に回転方向に沿わせる様に。
腹で受ける。腕が削られるような痛みが白の脳を麻痺させる。腹が焼けるような摩擦熱が白の意識を抉る。球は異様に重く、白の踏ん張った足が地面をガリガリと削り取る。
しかし、そして、白は受け切った。
白の腕は裂けて流血し、腹部の服は黒く焦げ、球もボロボロでまだ熱を持っていた。
けれど、受け切った。白が後ろを見ると、白の足は白線ギリギリで止まっていた。
思わずそのまま膝をついた白は正面のあなたを見た。
あなたは右肩を押さえ、地面に倒れていた。
あなたは苦悶の声で、当てろ、と言った。
白は投げなかった。
慈悲などでは無い。
裂けた腕、震えたままの脚、喪失した戦意。
物理的に、精神的に、投げる事など出来はしなかった。
そして、戦いは引き分けで幕を閉じた。