脱出への鍵
「なんだ? どうなっているんだ?」
中年の男が立ち上がり、騒いでいる。
「何処だ? あいつは何処へ行ったんだ」
中年男だけではなく周りもざわついている。だが誠は後輩が何処へ行ったかなんて知りたくもない。
「おい、何処に居る? 居るんだったら出てこい」
自分で出てこれる訳がないと誠は苛立ちを覚えた。それでも中年男は騒いでいる。周りの反応もおかしい。恵子はその様子にハッとし、周りを見渡す。
「ねえ、あの人は?あの人はどこ?」
「やめてくれ。恵子まで何言っているんだ。もう完全に沈んじゃっただろ」
「誠、違うの。それは分かっているけどもう一人の方よ」
誠はやっと理解した。立ち上がり、辺りを見回すが果実を食べていた先輩の姿が見えない。誠達が霧に入ったらすぐに出てきてしまったのに先輩はいまだ姿を現していなかった。
もしかすると恵子の予想が当たったのかもしれないと思い、誠は恵子の持っている果実に手を伸ばす。だが恵子は誠の腕をかわし果実を遠ざけた。
「ちょっと待って、落ち着いて考えましょう?」
「考えるって? 何を考えるんだよ? 恵子の考えが合ってたんだよ」
「沈んでいった人の事忘れたわけじゃないでしょ?」
「忘れるわけ無いだろ? 今度は俺達かも知れない。それなのに何を待てって言うんだ?」
恵子が急に誠のあごを掴んで引っ張った。誠は何事かと思ったが顔を向けられた方向にはあの眼鏡の男がいた。
眼鏡男がこちらに向かって来ているのを彼女らしい女性が必死に引き留めようとしている。
「嫌、やめて一人にしないでよ」
「大丈夫、分かったんだよ。ちょっと待っててくれ!すぐ戻るから」
眼鏡男は彼女を引きずる様に木の所まで来ると何とか彼女の手を振りほどいた。
そのまま男は木を登り始めた。どんどん登っていく姿を見て誠は不安を隠せなかった。
眼鏡男も気が付いたんじゃないのか? 自分ももう一つ果実を採りに登った方が良いのではないか? 誠は悩むが恵子はその手を離そうとしなかった。
「おい、これを受け取れ」
「嫌よ、早く降りて来て」
誠の位置から眼鏡男の姿は確認出来ないが果実を採ったのだろう。下に居る彼女に果実を落とそうとしている。やはり気付かれたんだ。
「良いから。投げるから受け取れば良いんだよ」
「いや、絶対に嫌よ」
彼女は両手で耳を塞ぎ、髪を振り乱し首をふる。眼鏡男は諦めて果実を片手に降りてきた。その手に握られた果実は一つ。流石に果実を二つ持って降りる事が出来なかったのだろう。
眼鏡男が降りてくると彼女は駆け寄ってきた。抱きつくのかと思ったらそのまま男の横っ面を叩いた。