果実を手に
「ねぇ、あれ採って来れる?」
恵子は誠の腕を引く。誠は木をよく見てみる。正直木登りの経験など子供の頃からほとんど無かった。だが見たところ枝が多く、登るのはさして難しく無さそうだった。
「わかった。ちょっとやってみるよ」
誠は手頃な枝に飛びつき、木の幹に足をかけながらよじ登り始める。だが枝に足をかけるだけでも一苦労。枝に抱きつくような形でブラ下がり、呼吸を整える。
そこで初めて周りの人達がこちらを見ていることに気が付いた。誠は自分の姿を客観的に想像した。ナマケモノが枝からブラ下がっているイメージと簡単に結びついた。
さっきまでは知らん顔だったくせに…、なんでこんな時だけ見るんだよ。
何とか枝の上で立ち上がる。枝が折れないことを祈りながら次の枝に手を伸ばした。枝を掴んで周りを見渡す。果実は三つ四つ生っている。
もう少し登れば手が届きそうだ。枝から枝へと慎重に進み、果実を一つもぎ取る。
匂いを嗅いでみるとリンゴのそれとは違うが甘く、さわやかな香り。この蒸し暑さを忘れさせるような良い香だった。
誠は下を見て恵子を探す。恵子は誠の自慢気な顔を見てホッとしたがそれ以上に危なっかしくて仕方なかった。そして死んだような顔をした誠が立ち直ってくれた事を恵子は心から喜んだ。
「分かったから早く下りてきて」
誠があの顔を見せた後に引き起こした数々の失敗が思い出される。案の定、誠は思いのほか高い所まで登っている事に気付き、足がすくんでいた。恵子の心配そうな顔を見て誠は自分を奮い立たせる。
誠は慎重に辺りを見回す。登ってきた時にどの枝から登ったのかさっぱり分からない。恵子はキョロキョロしている誠を見てますます心配になってしまった。
誠は意を決して枝の一つに足を伸ばす。片手が果実で埋まっている為しっかり枝を掴めない。空中を彷徨っていた足がやっと枝を探し当て誠はホッとした。
登る時の倍以上の時間をかけ誠はやっと地面へ降りる事が出来た。誠は腰が抜けたかのようにヘタリこむ。
「大丈夫?」
「大丈夫。ほらバッチリ取ってきたよ」
「もう、先にリンゴだけ落としてくれたらもっと上手に下りられたじゃない」
「えっ? ……そういうのは早く言ってよ」
「そんなの無理よ。だって今にも落ちそうだったじゃない。怖くて声掛けられなかったわ」
誠はそんな風に見えていたのかと思うと恥ずかしかった。