禁断の果実
恵子は木の下で立ち止まり見上げる。誠も恵子につられ、木を見上げる。
木はとても大きく、空を覆う程の枝には沢山の葉が茂っている。だがその先に見えるのは霧の天井。改めて閉じ込められている事を再確認させられ、つい地面に視線を落としてしまう。
「あれ、リンゴかなぁ」
恵子はつぶやく様に聞いてくる。確かに恵子の見ている方向に赤い木の実が生っており、大きさや形からしてリンゴのようだった。リンゴかもねと誠は素っ気なく答えた。
こんな異常な状況に何の変哲もないリンゴがあるようには思えない。それ以上に興味を持てなかった。
恵子は暫く見上げていたが、誠は恵子が何を考えているのか理解出来ずその場にまた座りこんでしまう。
この次もちゃんと立ち上がれるか一瞬不安がよぎったが座りたい欲求に負けてしまった。
恵子もしゃがんでそんな誠の顔を覗き込む。誠は再び座りこんでしまった自分を恥じ、恵子から目をそらす。
「ねえ」と恵子はワントーン落とした声で誠に呼び掛ける。
誠が今までと違う雰囲気に視線を上げると真剣な顔で恵子は誠を見詰めている。
「アダムとイブって知ってる?」
唐突な質問に恵子が何を聞いているのか一瞬理解出来なかった。
「最初の男と女のお話よ」
「あぁ…、まぁ知ってるかな」
恵子がなぜそんな事を聞いてくるのか分からず、上の空で返事をする。まさかこの状況がアダムとイブの様だと言いたいのだろうか。それは笑えない冗談だ。
恵子は何かを言い淀んでいた。恵子が何を言いたいのかさっぱり分からず、誠はため息が漏れてしまう。
アダムとイヴと言えば蛇にそそのかされて禁断の果実を食べてしまい、楽園から追放される話だ。そこで誠は恵子が何故そんな事を聞いてきたのか分かった気がした。
誠は立ち上がり、もう一度木を見上げる。そんな誠の様子を見て恵子は自分の言いたい事が伝わった事を知った。喜びと恥ずかしさがその表情に表れていた。
「本当に馬鹿げた話だと思うでしょ? でも、ふと思いついちゃったの。だからあまり本気にはして欲しくないんだけど……」
本当に馬鹿げた思い付きだと思ったが希望で体中に力が戻るのを感じ、ブルリと体が震えた。それを恵子は伝えたかったのだろう。
禁断の果実とはリンゴだ。確かにこの状況をアダムとイブというのならあの果実こそ何らかの鍵を握っているに違いない