帰還
田嶋は病院の近くにある喫茶店に来ていた。お昼の時間も終わっているので客もまばらになっている。別に昼食を食べに来たわけではない。近藤と待ち合わせをしていた。
約束の時間になると近藤が店の中へ入ってきた。あまりにも時間ピッタリに入ってきたので田嶋は笑ってしまった。
店の中を見回している近藤と目があった。田嶋は笑顔で片手をあげて見せる。近藤は田嶋の向かい側へ腰を下ろした。
「元気そうでなによりです」
田嶋は近藤に声をかけると近藤はニヤリと笑った。
「本当におかげ様でって奴かな」
「いやいや、僕も岡田さんから聞いた話をそのまましたまでですから」
あらかじめ近藤があの世界へ行っていた事を田嶋は電話で聞いていた。
若い店員が注文を取りに来たので近藤は珈琲を頼んだ。田嶋は既にミルクティーを飲んでいた。
「今日は忙しいところ悪いな」
「そうでも無いんですよ。今、国が患者の引き受け作業を進めていますから。私はこの件からもうすぐ手を引く事になります」
近藤は驚いて言葉が出ない。店員が珈琲を運んできたので一口飲む。
「引き受けって今度は何処の病院に移すんだ?」
「病院とは限りませんよ。来たのは自衛隊の方達でしたから。何処かに隔離する予定みたいですよ」
「そんなんで効果有るのか?」
効果は……恐らく有るだろう。多分それ以外の方法では駄目だろうと田嶋も考えていた。
田嶋の病院でも今回の被害者は徹底的に隔離した。それにも関わらず病院内で他の患者に同じ症状が広がった。恐らく物理的な隔離は何も意味をなさないんだろう。
あれはこちらの世界のモノじゃないから。単純に距離を離す必要があるのだろう。治療の為ではなく、あくまで拡大を防ぐため。
「これ以上の被害を出ないように抑えることは出来そうですよ。ただし第二段階の人達はもうどうしようもないですね」
「第二段階?」
「今の近藤君は第一段階、もう一度意識を失う事があればそれが第二段階です。そうなれば二度と目を覚ます事は無いです」
「なるほど、次は無いってか」
「でも近藤君の場合は次なんて無いでしょう」
「そう願いたいよ」
近藤は珈琲を飲む。あの世界の事を考えると今でも背筋が寒くなる。
「そう言えば相棒はどうしました?」
「中島か? まだまだ相棒なんて言えるもんじゃねえよ。でも、まあ無事だな。暫く休暇を取るってよ」
「その人も食べては居ないんですね」
「俺もあいつも間違いなく実は食ってない。……ただあんな事の後だからな。ゆっくり休んだ方が良いさ」
誠の話を聞いていたから近藤は果実に手を出さなかったし中島にも手を出させなかった。
その実の美味しそうな事。真っ赤に熟し、良い香りがして思わず喉が鳴りそうな程だった。そこが更に果実の魔性を際立たせて、近藤は恐ろしく感じた。