刑事達の災難
恵子の首に付いた手の跡は大きさから女だ。共犯がいるのかとも思っていたが…。田嶋の話を聞いて近藤は少し迷う。
近藤は弁当をダッシュボードへ置き、煙草を取り出す。
「先輩、窓開けて吸って下さいよ」中島は箸で窓を指す。
「分かってるよ、うるせえな」
近藤は窓を開けると煙草に火を点け、煙を車外へ向けて吐き出す。最近は喫煙者の肩身が狭い。
中年の女性が犬を散歩しているのが見える。大通りから一本入っただけの道だがほとんど人通りが無い。
中島の聞き込みからすると共犯者の線は薄いだろう。だが近藤は今までこうやって捜査してきた。どんなに薄い線でも一つ一つ消して行けば真相が見えてくる。それに人間はそう簡単に変われない。
田嶋から聞いた話を書き留める事にしようと近藤は手帳を取り出した。弁当をあっと言う間に食べ終えた中島が缶コーヒーに手を伸ばした。
「あれ? 先輩は食べないんですか?」
「うるせえな、後で食べるんだよ。それよりしっかり見張っとけ」
「任せて下さいよ」
中島は車のシートを少し倒した。近藤は中島が居眠りするのではないかと心配になった。中島が張り込み中、居眠りするのは初めてではない。特に食後は気をつける必要がある。
近藤は煙草を灰皿で揉み消し、手帳も仕舞い、誠のマンションと中島を見張る事に専念する。
開けた窓から心地良い風が入ってくる。最近は徐々に寒くなってきたが今日は風が気持ち良い。
目を閉じ、近藤はその風を顔全体で感じる。誠を追うのもそろそろ潮時なのだろうか。誠に共犯が居なければ、やはり田嶋の話を信じるしか無いように思える。
だが恵子の両親の事を考えると何とか犯人を上げてやりたい。精神世界では無くこの現実の世界で。
目を開けると近藤は驚き、声も出なかった。先程まであんなに天気が良かったのにいつの間にか霧が出ている。
隣では案の定、中島が居眠りしている。既に見慣れてしまった光景だが車がない。何故か芝生の上に居る。
近藤は夢を見ているのかとも思ったが、ある種の予感めいたものを感じた。
「おい、中島起きろ」近藤は乱暴に中島の肩をゆする。
「起きてます。見張ってますよ」と中島は言うが目が半分開いていない。
近藤が中島を引っ張るように走り出すと直ぐに霧が晴れる。
霧の中をドーム状に切り抜いた空間が広がり、その真ん中には一本の大きな木が立っている。自分の存在がちっぽけに思えてしまう程の巨木だ。
「これは一体どうなってるんスか?」中島は目を擦りながら立ちつくす。
中島は誠が夢の中で恵子が殺されたと主張しているのは知っていたがその詳細までは聞いていない。
近藤はそれを信じていなかったから特に話してもいなかった。
近藤は何も答えられなかった。木の周りでは数人の男女が揉み合い、怒号と悲鳴が響いていた。中には体の半分が地面に埋まっている者もいる。
「……まさか本当だったとはな」
近藤はそう呟き、誠が話していた内容を必死に思い出そうとしていた。