脱出不可能
「うそ、私たち確かさっきその、えっ? どういう事?」
恵子もこの状況についていけない様子だ。だが誠は答える事が出来なかった。頭が混乱し、誠は男が何故こちらを向かないのかなどと考えていた。
誠は少しずつ落ち着きを取り戻し、現状を把握しようと自分の頭に鞭を入れた。だが全く効果はなかった。あまりに現実離れした状況を脳が拒否しているようだった。
家で映画を見ていたのは自分の記憶違いで、遊園地のどこかで居眠りしてしまったんだろう。ここも状況が似ているだけで先程とは違う場所なのだろう。誠はそう思いたかった。恵子の手を引き誠はまた歩き始める。
「ウロウロしてんじゃねぇよ」と、低い声が響く。
大きな声ではないが誠たちの歩みを止めるには十分だった。ちょうど誠たちが木の近くを通りかかったところであった。
誠達が声のする方を見てみると木を挟んで反対側に座っている中年の男がこちらを睨んでいる。
「目障りなんだよ。黙って座っていろ、馬鹿が!」
誠は中年男の急な罵倒に言葉が出なかった。
「黙って座って居たって何になるんだ」
今度は眼鏡の男が座っていた方向から声が聞こえた。誠が振り返った。だが誰も先程から動いた様子が無く、実際に誰が言ったのかは分からなかった。
「誰だ、文句あんならハッキリ言えよ!」
中年の男は怒りに任せて立ち上がろうとするが、となりの女性に止められた。 中年は舌打ちをしながら座り直す。辺りはすぐに静けさを取り戻した。
その静けさが誠の不安を余計に駆りたてた。誠は不安を消そうと恵子の手を引き、ほとんど駆け出す位の速さで歩き出した。中年男の舌打ちが聞こえてきたが構うものか。
「誠、痛いよ」
恵子は訴えるが誠にはそれを受け取る余裕はなかった。霧の壁へ再度踏み込む時に誠は祈った。頼む、こんな訳無いだろ?そんな事ある訳無いだろ?頼む。
しかし霧を抜けると再三同じ景色が広がる。誠はもうどうして良いのか分からなかった。いつの間にか恵子の手も放していた事にも気が付かなかった。