刑事と医者
ロビーは広く、清潔感がある。蛍光灯が沢山並び、明るいがその光はロビーの中を無機質に照らしている。老人達と一緒に近藤は病院の待合室でかれこれ三十分ほど待っている。
「近藤君、お待たせしました」
近藤が振り返ると白衣を着た男が立っている。男は丸眼鏡をかけ、笑顔をその顔に張り付けていた。
「忙しい所悪いな。また話を聞かせて欲しくてよ」
「良いですよ。近藤君ならいつ来て頂いても歓迎です」
医者は笑顔で答える。こいつはこんなキャラだったかと近藤は思い返すが記憶は定かでない。
医者の田嶋慎太郎は近藤とは中学のクラスメイトだった。その頃の近藤と田嶋は全く交流が無かった。
近藤は医者の名前を部長からも聞いていたが自分の同級生に結び付ける事はしなかった。実際に田嶋と会って気が付いた。三十年会っていないのに意外と分かるもんだな。
中学の時の田嶋はいつも一人で本を読んで、良く居る優等生タイプだ。てっきり大人しい奴だと思っていたが再会した田嶋は良く喋った。
「夢の中で傷つけられたからと言って現実に怪我をするなんて事あるのか?」
「あると思いますよ。思い込みで体に傷がつくという話しは有名ですから。まあ、実際見た事は無いですけどね」
田嶋は近藤の隣に腰を下ろす。
近藤はまだ誠の件を調べていた。部長からは捜査終了を言い渡されたがそんな事で終われなかった。
「田嶋は今回の件をどう考えているんだ?」
「分からない事だらけでしたけど色々面白い話が聞けましたよ。たとえば例の夢で出てきた人を実際にこの病院で見たとかね」
「似ていた。……と言う事で無くてか?」
「お互いに見たと言うケースもありましたから、信憑性は高いと思いますよ」
「田嶋はその話、信じてるのか?」
「私は面白い話だと思いますよ。精神世界で他人と繋がり、相手の肉体にまで影響を与えるなんて。研究しがいがありますね」
「精神世界って……。なんか胡散臭いな」
「しかし無いとも言い切れないでしょう? それに夢の世界なんて言うよりは良いでしょう?」
近藤は軽い目眩を感じた。あまりに現実離れし過ぎている。田嶋は相変わらず笑みを浮かべている。近藤は田嶋がからかっているのではないかと思うがその笑顔からは判断付きかねる。
「その、容体は良いのか? 意識を失った奴等は今もそのままなんだろ?」
「まだハッキリした事が分かっている訳じゃないんですけど、それについては岡田さんから面白い話しを聞きましたよ」
近藤はその言葉に反応した。誠が病院に再度来ていたのは知っていた。後でその事についても聞こうと思っていた。近藤は胸ポケットの手帳へと手を伸ばした。
「夢に出てくる木が原因と言うんですよ。だからその木を切れば良い……皮を剥げば良いだったかな?」
「……他に何か言っていたか?」
「後は果実を食べさせるのは種を運ばせるためだとか。話を聞く限り普通の木みたいだね」
ふふっと田嶋は笑うが近藤は全く笑わなかった。手帳へ伸ばした手も止まったまま。はたしてメモを取るべき内容なのか判断に悩んでいた。