恵子の父
誠は恵子の実家へ向かっていた。何時間も悩んだが、もう一度行きたかった。恵子の母親とあれっきりではどうしてもやりきれない。しかしチャイムを鳴らして出てきたのは父親だった。
「やぁ、よく来た。入りたまえ」
恵子の父に促されるままリビングへ通される。昨日来た時よりも散らかっているようだ。
「お茶でも出したいんだが場所が分からなくてね」
「いえ、すぐに帰りますので」
誠も昨日と同じ場所へ座る。改めて父親の顔を見ると疲れがありありと浮かんでいる。
沈黙が続き、誠は恐る恐る切り出す。
「あの、……お母さんは」
「恵子の事があってから体調を崩しててね。……昨日はそれでも少し良さそうだったんだが」
やはりあの話がショックだったのだろうか。余計な事をしてしまったと誠は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「僕が……、もっとしっかりしていれば」
恵子だってもしかすると助けられたかもしれない。そう誠は呟いてしまう。自分のやる事は全て裏目に出てしまう。恵子ならもっと思い遣りのある事が出来ただろうに。
「一人の人間に出来ることは限られているよ。恵子もそんな事は気にしていないハズだよ」
恵子の父は誠を優しく見詰めている。誠はその目を真っ直ぐ見る事が出来ない。
「でも恵子は僕を助けようとして……。僕は何も出来なかったんです」
「……恵子はね、君の事がとても好きだった。いつも君の事ばかり話していたよ」
誠は急な話に驚き、顔を上げた。父親はじっと見詰めたままだった。
「娘の幸せそうな顔を見ていて私も嬉しかった。もちろん寂しい気持ちもあったがね」
ハハハッと父親は笑ったがその笑顔には悲しさが満ちていた。
「確か誠君の両親は事故にあったと恵子から聞いてたが……」
「自分が二十一の時に事故で亡くなりました」
「そうか……。お互い辛いな。誠君の事は息子の様に思っているから、これからも何かあったら頼ってきて欲しい」
恵子の父親の優しさが誠は純粋にうれしかった。誠は涙がこみ上げてくるのを必死に抑える。父親も照れ臭そうに立ち上がる。
「どれ、もう一度お茶を探してみるかな」
「いえ、もう帰りますから」
「ついでなんだ。夕飯でも食べて行ったらどうだ? 出前を頼もうかと思っていたところなんだよ」
「ありがとうございます。……でも、やっぱり今日は帰ります」
「そうか。いつでも来なさい」
父親は玄関まで誠を見送る。誠は父親にもう一度頭を下げて玄関の扉を閉めた。