悪夢再び
誠は家についても脱力感が抜けなかった。そのまま着替えもせずにベットへ倒れこむ。
壁にかかっている時計を見ると既に午後四時を過ぎていた。朝から全く食事を取っていなかったが食欲は湧いてこない。誠はそのままウトウトし始めた。
誠は逃げていた。何故逃げているかは後ろを振り返れば分かる。何かが追いかけてくるからだ。人の形をしている何か。
誠が地面を蹴る度にそこから奴等は現れる。誠が逃げれば逃げるほど奴等は増殖してゆく。それでも奴等が追いかけてくるから逃げないわけにはいかない。
誠はとうとう立ち止まる。地面が裂けており、行く手を阻んでいるからだ。振り返れば奴らが見渡す限りに立ち塞がっている。対岸には例の木が立っている。
だがあの巨木ではない。その木はまだ小さい若木だった。木の傍に一人の女性が立っており、木の葉や幹を愛おしそうに撫でている。
女性が誠の方へ振り返った。それは恵子だった。恵子は微笑みながら白いワンピースを風に揺らしている。ただそれだけなのに誠の心は恐怖した。
足が震え、立っているのがやっとだ。何をそんなに恐れているのか自分でも分からない。ただ恵子への恐怖心だけはハッキリしている。あれが本当の恵子ではない事ぐらいハッキリと。
恵子が誠の方を指差す。正確には誠の後ろの方だ。誠が振り返ろうとしたその時、奴等が誠の体を羽交い絞めにする。
それも一人では無い。肩や腕、腰だけではなく、文字通り頭の先からつま先まで。奴等の手で全身絡めとられて身じろぎ一つ出来ない。
耳の後ろに生暖かい息がかかる。どうせ振り返らなくてもそれが何かは分かる。後ろには奴等しかいないのだから。その何かが誠の耳元で呟いた。
「……もう少しよ」
恵子の声で呟いた何かはそのまま誠を崖へ突き落とす。突き落とされる中、誠は確かに笑い声を聞いた。
誠はどんどん落ちていく。落下している中、奴等が誠の肉体を引きちぎりながら離れていく。
地面が目の前に迫る。誠は目を固くつぶる。だが誠の体は地面を突き抜けどんどん闇の中を落ちて行く。闇に自分の意識が溶けていく。
痛みはない。むしろ心地良い位だ。だがそれが恐ろしかった。
誠が目を覚ますと体が鉛の様に重く感じた。今回の夢は覚えていた。それに前回の夢についてもはっきり誠は思い出した。
誠は夢が意味している事が少し分かった気がする。夢で恵子はもう少しと言った。木はまだ若木。十分に育つまで後もう少しって事じゃないのか。
木そのものの養分にする為に一人、種子を運ばせる為にもう一人。だから二人一組みであの世界へ呼び込んでいる。
果実を食べた者はその種を運ばせられる為にあそこから出られる。残った方を養分にする。
恵子もそう予想していたんだろう。でもそれは完全な正解ではなかった。今なら分かる。果実を食べた人間は新しい木の苗床となるんだ。
木は誠の精神を養分にしてどんどん成長していた。誠にはそれを感じる事が出来た。
キノコでそんな種類があった気がする。ありえない事じゃない。
もし木が十分に成長したらどうなるのか。新たな果実をつけ、誰かを呼び込む事になるだろう。
誠は頭を抱えた。木の成長度合いからすると自分に残された時間は少ないようだ。