診察
誠は病院に着くと受付に名刺を見せる。
「……はい。それではそちらの奥でお待ち下さい」
看護師に言われ、廊下の奥の方に座って待った。暫く待たされてようやく一人の看護師が迎えに来た。
連れてこられたのは他に比べ奥まった所にある小さな診察室。看護師は扉の前でここで待つようにと誠へ伝えると今来た道を引き返して行った。
誠は廊下でポツンと残され辺りを見回す。人の歩く音や話し声が遠くから聞こえてくる。だが廊下は人影も見えない。何だか静か過ぎて落ち着かない。とりあえず置いてある椅子に座って待つ事にした。
二十分程待っていると扉が急に開き、中から女性が出てきた。
彼女が医者や看護師で無いのは一目で明らかだった。スウェット姿で髪はボサボサ、ギョロリと誠を見詰めた目は真っ赤で、恐怖と警戒の色が見て取れた。そのまま女性は足早に去って行く。
誠は女性との間に流れた空気に覚えがあった。……あの場所だ。あの人もあそこに居たんだ。
女性の顔が脳裏に焼き付いてしまった。あの顔、あそこにはあんな顔した人ばかりだった。
僕もあんな顔をしてるのかと誠は自分の顔を撫でてみる。今朝、鏡を見たのが遠い昔の事の様だ。その時また扉が開き、今度は看護師が出てきた。
「次の方、どうぞ」
誠は看護師に促されるまま診察室に入る。
中には沢山の機材が並んでいる。看護師がもう一人居て、何やら機材を調整しているようだった。机が一つ置いてあり、少し頭がさびしくなり始めた白衣の男が背を向けて座っている。恐らく彼が医者だろう。
「こちらにどうぞ」
看護師は誠に椅子を勧める。誠が腰を下ろすとその看護師も何やら準備に取り掛かる。
医者が椅子を回転させて誠に向き合う。丸眼鏡をかけ、ニッコリとした笑顔を張り付けているが瞳は冷たい。
彼ならその笑顔で患者に余命を告げるのも簡単だろう。
「岡田誠さんですね? それではあなたの話も聞かせて貰えますか?」
「え? ……あの、警察の方にですね、その…、ここに来るように言われたんです」
「……あなたも夢を見たんでしょう? 良ければその時の話を伺えますか?」
誠は自分の顔が赤くなるのを感じた。何故病院に来たかの話じゃないんだ。
近藤刑事の紹介で来たのだ。だから医者と警察の間でもう話はついているんだ。話といえばあの場所の事に決まってるじゃないか。
誠が話し始めようとすると看護婦が誠の腕をとり、血圧計を付け始めた。
「ああ、気にしないで下さい。話を伺いながら診察を進めさせて頂きますので。どうぞそのままお話し下さい」
医者は誠にどうぞと掌を向ける。
誠が一通り話し終えると医者はその間に取っていた診断結果にちらりと目を移した。
「それでその後はどうですか? 何か他に夢を見ませんでしたか?」
「見たと思いますが、良く覚えていません」
「そうですか、……それでは別室で他の検査をさせて頂きます。ここからはそちらの看護師について行って下さい」
誠は看護婦に連れられて診察室を後にした。検査を終えると誠は病院の近くにあったコーヒーショップで一息つく事にした。
あんな検査で何が分かるのかと誠は落胆していた。検査内容は会社で受ける健康診断とさほど変わりなかった。医者もただ話を聞いただけじゃないか。
後日、診断結果を郵送すると言っていたが誠は全く期待していなかった。