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恵子の母

 じっとしているとどうしても恵子の事が思い出されてしまう。


 固く目を閉じ、自分の中であふれだそうとしている感情を誠は必死で押さえた。


 恵子と知り合って間もなく、誠は両親を事故で亡くした。その時は何日もひきこもる日々が続いていたが恵子のおかげで何とか立ち直る事が出来た。


 だが今は泣いても誰も手を差し伸べてはくれない。だから泣いちゃダメなんだ。


 ようやく誠は落ち着きを取り戻した。頬に伝った涙を拭い立ち上がる。


 自分のデスクへ鞄を取りに戻ると、課長も同僚達も誠を見ないようにしているようだった。誠はさっさと鞄を掴み会社を後にする。


 これ以上逃げている訳にはいかない。何もしていないのに腫れものの様に扱われる事が悔しかった。誠はきちんと向き合わなければならないと決心をした。


 誠は恵子の実家へ向かった。恵子の母は明るく良くしゃべる人だ。父は寡黙で二人の交際について良い顔はしていなかったが、一緒に住む事については反対しなかった。


 初めて訪れた時はとても緊張し、汗が止まらなかった。足取りも重く、恵子に手を引張られながら歩いたっけ。今その道を誠は一人で歩いていく。足取りが重くても自分一人で進まなくちゃいけない。


 恵子の実家に辿り着くのにいつもの倍の時間をかけてしまった。その上、玄関の前に立ってから呼び鈴を鳴らすまでにもたっぷりと時間がかかった。


 呼び鈴を鳴らした後の間が誠にはとても長く感じる。誠がやはり帰ろうかと迷っていると扉が開いた。


 その隙間から恵子の母が顔を覗かせる。母は一瞬驚きを見せるが、優しい表情で誠を招き入れてくれた。


 恵子の実家を後にした誠は後悔の念に襲われていた。実家に向かう時以上に時間をかけ駅に向かう。


 家には恵子の母しか居なかったが刑事と話した事も含め、ありのままを伝えた。出来れば真実をそのまま知って欲しかった。


 だが反応は最悪だった。髪を振り乱し、怒りとも侮蔑とも言えないあの表情。怒鳴り声にコップが落ちて割れる音。誠の中で何度も何度も繰り返される。


 追い出されるように恵子の家を後にした誠はダラダラと遠回りになる道をあえて選んだ。そのまま家へ帰る気になれなかった。


 誠は恵子の両親なら分かってくれるかと思っていた。だが少し考えれば信じるハズがない。誠は自分の浅はかさを改めて恨んだ。


 誠は何と伝えるべきだったのかずっと考えるが答えは出ない。


 恵子の両親の為、恵子自身の為にも真実を伝えるべきだと思っていた。何か自分が力になれればと思っていた。自分が恵子にして貰ったように。


 だが誠はもう一つの目的に自分でもうすうす気がついていた。自分自身が他人を求めていた事。自分の悲しみを感じて貰いたかった。そして自分のせいでは無いと誰かに言って欲しかった。


 僕はただのバカだ。

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