戻らない日常
誠は目が覚めると汗だくになっていた。何かとても怖い夢を見た気がするが良く思い出せない。
シャワーを浴び始めるが夢の内容が気になって仕方無い。何かに襲われる夢だったハズ。
一体何に襲われていたのか。その後どうなったかさっぱり思い出せない。だが凄く気にかかる。思い出さなくてはいけない気がする。これは危機感?
ドライヤーで髪を乾かしていると何か緑色のものを見た気がした。小さく、とても綺麗で、そして何か忌まわしい感じがするものだった気がする。
誠はワイシャツに袖を通し、ボタンを留めながら忘れようと頭を振った。ふと誠は自分が会社へ行く支度をしている事に気が付いた。
そう言えば会社には何の連絡もしていない。無断で一日休んでしまっている。
慌てて携帯を探す。やはり会社から何度も着信が入っている。
時計を見ると七時前だ。会社に人が来るのは早くても八時過ぎ。まずは着替えを済ませようとネクタイに手を伸ばす。
全く意識していなくても会社に行く準備をしていた自分に誠はつい笑ってしまう。誠は少しだけ日常を取り戻せた気がした。
上司へ一体何と説明しようか。ありのまま説明したって信じるわけがない。スーツを着ながら思案するが仮病でも使うのが一番だろう。
今から家を出ればギリギリ間に合いそうだ。出来れば少しでも以前と同じ生活へと戻りたい。何故なのかは説明出来ない。そうするのが一番だと考え、誠はカバンを掴んで家を出た。
会社に着くとみんな誠に好奇の眼差しを向けてくる。無断欠勤の後だ。仕方ないだろう。
誠は自分の席に鞄を置く。同僚達の視線には気付かない振りをしつつ、課長の所へ向かった。課長もそれに気付き立ち上がる。
「岡田君、応接室で話聞くから……。ちょっと先に行っててくれ」
課長は片手で誠を制し、そのまま腰を降ろす。誠は課長の言葉に戸惑いながらも応接室へ向かう。周りとは出来るだけ視線を合わせないようにしながら。
応接室はパイプ椅子とテーブルが置いてあるだけ。元々物置だった場所をパーテンションで二つに区切っただけの簡単なものだ。
ここが使われる事はほとんど無い。誠も面接の時以来だ。
ここはオフィスから離れており、とても静かだ。遠くで救急車のサイレンが聞こえてくる。少し緊張しながら待っていると課長がやってきた。
「待たせたね。昨日、会社にも警察が来て大体の話は聞いたよ」
誠は自分の浅はかさに後悔した。近藤刑事はハッキリと殺人の容疑がかけられていると言っていたじゃないか。
だったら会社に連絡があるのも当然だろう。それなのに仮病を使おうとしていたなんて恥ずかしい。
「色々大変だろうから暫く休んでいてくれたまえ。なっ? 落ち着いたらこっちから連絡するから、岡田君も大変だと思うが頑張って」
課長は立ち上がり、さっさと扉へ向かう。誠も立ち上がり呼び止めようとするが、そのまま課長は振り向かず出ていってしまった。
結局、誠は一言も発する事無くこの対談は幕を閉じた。
どうして良いか分からず、ただ茫然と座るしかなかった。