悪夢
誠は家に着くとベッドに倒れ込み、目をつぶった。
こちらの世界へ戻ってきも予想外の事ばかり。誠の疲労はピークに達していた。全てを忘れてこのまま眠りたいが、妙に目が冴えてしまっている。
誠は家に帰る間ずっと近藤刑事が言った事が気になっていた。
近藤刑事の言い方だと自分と同じような経験をしている人が他にも居るのだ。
確かにあそこで他の人達に出会っているし、自分の他にもあそこを出た人だっている。だったら自分以外にもあそこから帰って来た人達が居たって不思議じゃない。
それに近藤刑事は増えていると言っていなかったか?誠は布団を頭まで引き上げる。いくら考えても分からない、それなら今は少しでも休みたかった。
暫く眠れそうにないと思っていたが、気が付けば誠は眠りに落ちていた。
遠くに大きな木が見える。枝からは何かがぶら下がっており、その下に二つの人影も見える。
誠はフラフラと近付いていく。徐々に全ての輪郭がハッキリしてくると誠はその場に凍り付いた。
枝からぶら下がっていたのは恵子だった。
恵子が首にロープを巻かれて吊るされている。恵子はロープを掴みもがいている。
恵子の足を引っ張っているのはあの中年妻と女子高生Aだった。二人とも裸で体が黒ずみ、まるで腐っている様だ。
誠はいくら叫んでも声が出ない。恵子達へ向かって走るが、どれだけ走ってもこれ以上近付く事が出来ない。
恵子の顔はどんどん赤黒くなり膨らんでいく。 恵子の手は力を無くし、中年妻達が引っ張るのに合わせて前後に揺れている。
恵子の顔がとうとう元の倍位に膨れ上がり、熟しすぎた果実のようにブチュリと崩れ出した。目や髪がどろりと落ち、白い骨があらわになっていく。
それでも誠の声は出ず、前にも進めない。中年妻達は恵子の血肉を浴び歓喜の声を上げていた。
誠は走るのをやめ、歩き始める。どれだけ歩いても恵子が骨だけになっていくのを誠は眺める事しか出来なかった。
誠は何かにつまずいて転んでしまう。誠が足元を見ると地面から真っ黒な手が生えており、誠の足首を掴んでいた。
地面からはもう一本手が突き出てきて逃げようとする誠の腕を掴んだ。更に地面から腕が這い出す。腕だけではなく、頭や肩、胸、腰と、まるで二人の人間の様な形を現した。
この二人にも見覚えがある。足を掴んでいるのが後輩、腕を掴んでいるのが眼鏡男の彼女だ。二人は誠を物凄い力で地面に押しつけ、無理矢理仰向けにさせる。
誠の目の前で地面が盛り上がってくる。それはくぐもった笑い声をあげながら人間の形に出来上がっていく。
まずは鼻が隆起し、眼窩が出来上がる。眼球は無いまま何度か瞬きを繰り返す。口が出来ると狂った音程をチューニングする様にハッキリとした声になってくる。
出来上がった顔もやはり腐っている様だが見覚えはある。恵子だ。
腕、肩、腰の辺りまで出てくると、両手で誠の頭をつかみ、覗き込んでくる。その力は強く、誠は顔を動かす事が出来ない。
ボトリと誠の顔へ彼女の顔の一部が落ちる。恵子の顔はどんどん崩れ落ち、誠の顔を覆っていく。
呼吸をしようと口を開けるとどんどん口の中に入ってくる。口の中に入ったソレは甘酸っぱく、種のような粒が含まれていた。
「なああぁんで逃げぇえるのよおおぉぉ!」
大きく崩れた、恵子だったものから声が聞こえる。口からだけではなく、首の所、胸のあたりに空いている小さな穴からも漏れており、三重奏を織りなしていた。
その声は全く恵子とは似てはいなかったし、人のものとは思えなかった。
とうとう恵子の顔は跡形も無く崩れ、誠の口は恵子だったもので溢れていた。誠は呼吸が出来ず、抵抗する気力を失った。
誰か……、誰か助けて。
薄れゆく意識の中で、ふと視界の端に一本の若い木が生えているのが見えた。
その幹はまだ細く、緑の葉は輝くように瑞々しかった。やがて恵子だったもので視界も埋め尽くされてしまった。