終焉
「私のよおおおおぉ!!」
恵子が振り返ろうとすると中年妻は怒声を上げ、恵子を持ち上げんばかりの力で首を締め上げた。
恵子は果実を落とし、奥さんの腕を掴む。中年妻の腕は恵子よりも細い位であったが恵子にはその腕を引きはがす事は出来なかった。
誠は助けに行こうと必死にもがく。だが両手が自由になった男は更に強く誠を押さえつけ、果実を奪った。
「良くやった。お前も早くリンゴを拾え」
中年男は妻の方を見て呼び掛ける。だが中年妻はその言葉に何の反応も示さなかった。
「もういい、早くそれを拾え」
今度は体ごと振り向き、再度呼び掛けてみるが妻にその声は届かない。
恵子はつま先立ちになり、本当にその足で体を支えられているのか怪しい。
「絶対にぃ、絶対に渡さないいいいい!!」
中年妻は更に恵子を締め上げる。恵子は中年妻の腕を掻きむしるがその力は弱まらない。
中年男はその様子に言葉も出てこなかった。あまりの出来事に誠を押さえつける力も弱まる。
誠は恵子を助けようと何とか男の下から抜け出す。誠が立ち上がりかける時、中年男にシャツを掴まれ引き倒された。
今度は中年男が立ち上がり、誠と妻の間に立ちはだかる。だがどうすべきか決めあぐねていた。妻の所へ行くか、誠をココで押さえておくべきか。
誠が再び立ち上がろうとすると中年男に突き飛ばされる。
「お前は黙ってろ」
中年男は妻の様子を気にしながら誠に釘を刺す。
「おい、良い加減にしろ。そいつの事はもう良い」
中年男は妻に再度呼び掛ける。その声には恐怖の色が滲んでいた。中年妻は恵子から手を離そうとせず、その顔にはもはや恍惚の表情まで浮かんでいた。
誠はもう一度立ち上がろうとするが今度は思いっきり殴り飛ばされた。早く助けたい気持ちとは裏腹に誠と恵子の距離はどんどん離されてしまっていく。
恵子の顔は赤く、口の端からはよだれが垂れている。両腕はダラリと力なく揺れているだけだった。
誠は思いきって後ろに駆け出した。中年男には誠が何をしようとしているのか分からなかった。
誠はここで男と揉めてるよりも霧を抜けた方が早いと判断した。霧へ入れば反対側へ出られるはずだ。誠は霧の中へ入りながら恵子の名前を心の中で何度も呼んだ。