崖っぷち
恵子は誠に拾った果実を渡す。
「おいおい、そいつはこっちにも見えるようにしておけよ。お前等を信用してる訳じゃないんだからな」
中年男は隠れて果実を食べられないように目を光らせている。誠は中年男に果実を高くかかげて見せる。恵子は中年男に背を向けるようにして二人の間に立ちはだかる。
「早く食べて」
恵子は誠の持っている果実を手で包み、小声で急かした。
「早くしないと二人とも取り残されるわよ!」
「だけど……。そんな事出来ないよ」
誠は自分の意見が受け入れられないのは恵子の顔を見て分かった。だがここで引き下がる事は出来ない。
「おい、そいつを見えるようにしろと言っただろう」
誠は恵子の肩越しに中年男を見る。中年男はこちらを指差してがなり立てている。中年妻はその後ろで爪を噛んでいる。本人は気付いているのだろうか。その爪から出血し、手の甲を赤く染めているのを。
恵子は誠の顔を両手で挟むようにし顔を自分に向けさせる。
「誠も分かっているでしょ? もう、どうしようもないの。それともあんな連中にあげちゃった方が良い?」
「僕は恵子と一緒ならそれでも良いと思うよ」
「誠、ありがとう。本当に嬉しいわ。でも私はいや! あんな奴らの為に誠が犠牲になる事なんか無い」
その果実をこっちに見せろと中年男はまた怒鳴ると二人に近付いてくる。誠は反論したかったが恵子の涙で溢れそうな目を見詰めると何も言えなかった。
「さあ、どうするんだ? お前らもこいつが欲しいんだろ? いい加減どうするのか決めようか」
中年男は手に持った果実を誠達に見せつける。もうすぐそこまで来ている。
「こっちはずいぶん待ったつもりだぞ? そろそろどうするのか決めようじゃないか。なあ?」
恵子は目を拭い、中年男に振り返る。恵子は後ろ手で誠を軽く押す。誠に行けと言っているのだろう。
「あなた達に渡すつもりは無いわ」
「そうかい。全く、手間ばかり取らせやがって。もう御託は沢山だ!」
中年男は恵子を突き飛ばす。
「誠! 早く逃げて!」
恵子は叫ぶが、誠は動けなかった。中年男は誠の胸倉を掴み、自分の方へ引き寄せる。
「痛い目には逢いたくないだろ? そいつを渡せ!」
「嫌だ。絶対に渡さない」
中年男は誠を殴り飛ばし、誠の腕を押さえつけ、果実を奪おうとする。誠も抵抗するが全く歯が立たない。だが中年男も片手に果実を持っている為、旨く誠から奪えないでいた。
その隙を突いて恵子が中年男から果実を奪い取った。
「誠を離して」
中年男の動きが止まった。誠はまだ押さえつけられたままだが一息つく事が出来た。また恵子に助けられてしまった。
改めて恵子の方を見ると、その後ろに中年妻が立っていた。