救出不可能
「落ち着けよ、これを食べれば出られるんだ」
「何よそれ、正気なの? そんな得体の知れない物を食べろなんて、どうかしているわよ!」
恵子がチラリと自分の方を見たのを感じた。誠は目を合わせたくなかったので気付かないフリをした。
「さっきの男を見ただろ? 奴もこれを食べてたじゃないか?」
「その人が無事だって言えるの? 本当に出られたの? そんな物を食べたおかげで?」
確かに彼女の言う通りだった。誠は男が居なくなった事ばかり気を取られていた。
本当に元の世界へ戻れたか確認するのは不可能だ。それに本当に果実のおかげだと決めるのは早いのかもしれない。だが他に選択肢があるだろうか。
「分かった。まず俺が食べる。もしそれで俺の言う事が正しいようなら君もすぐにこいつに登って食べるんだ」
「嫌よ! お願いだからやめて、私を一人にしないで」
「他に調べようが無いだろ? 俺はこんな所で死を待つ位ならこいつを食って死んだ方がマシだ」
眼鏡男は果実にかじりつき、食べながら霧の壁へと歩き出した。それを彼女は追いかけるが霧の壁まで数メートルの所で転んでしまった。
彼女が自分の足元を見て悲鳴を上げる。誠は女性の足首までが地面に埋まっているのを見た。
「いやあぁぁ! 待ってー! 助けてぇ!」
眼鏡の男が異変に気が付き、彼女の元へ戻り引き上げようとする。だが地面に倒れこんでしまったのが悪かった。既に胸の下あたりまで沈んでしまっている。それでも男は必死に引っ張っている。
「お願い……。お願い、助けて」
「頑張れ、絶対に手を離すな」
今度は自分の体が正常な反応を見せたと思った。誠は彼女の元へ走り出していた。
彼女のもう一方の腕は既に肘の所まで埋まっていた。誠は脇の下に自分の腕を差し入れ引っ張る。腕は地面から抜ける気配がない。眼鏡男が誠を見た。
初めて見た時の眼とは違い、その目に人間性を感じる事が出来た。
「ありがとう」
「それよりも引き上げましょう」
誠と眼鏡男は力一杯引っ張るが彼女の体はどんどん沈んでいく。誠の腕も地面に埋まっていく。誠は手を離したかったが、必死で堪えた。離せば自分の中の何かが壊れてしまう。
彼女は既に頭の先まで沈み込み、まるで地面に生えた二本の腕を二人で抜こうとしている様だ。
誠の掴んだ彼女の腕が地面の下に消えると急に誠の腕が地面から抜けた。ブチブチと音を立てて芝生がめくれ上がり、地面には十センチ程度の穴が開いた。
誠には何故腕が抜けてしまったのか分からなかった。しっかりと腕を絡めていたのだから外れてしまう筈が無い。まるで彼女の腕が消えてしまったかのようだった。
穴の中に見えるのは湿った土と、ヒゲの様に出ている芝の根だけ。
眼鏡男にも同じ事が起こったようだ。彼女の手が地面の下に消えた瞬間、勢い余って尻もちをついていた。
眼鏡男が信じられないような顔で手を開くと土が握られていた。地面に沈んだと言うよりも吸収されてしまった、もしくは彼女が土になってしまったと言うのが正確なのかもしれない。