§5§
これで幾度となく戦況を荒らし、無双の優越感を味わってきたのだろう。
滞空中に身をよじり、片膝を折って着地すれば「ぶひっ」と小気味良い音が鳴る。
わずかに遅れて竜の体液がしとどに降り注ぎ、ブッヒーニは大雨の血にさらされて体が真っ赤にびしょ濡れた。なのに、魔力を拒否する体表面がズバン! と血をハジキ返す。トドメの要らぬことを確認すれば品良く金属音を立てて剣を収め目をかっ開く。最後は達成感も極まったのか人差し指を高らかにかざして言った。
「どんなにいくら吼えようが竜よ。貴様の弱いという現実、これは一向に変わらない」
口角を割けば、気分はいよいよハイだろう。
ゾッとするような愉悦に溺れる顔だ。
「誰もが畏れ、恐がる存在――ドラゴン! それをいとも容易く殺せる実力に自分が笑わずして誰が笑う。最高だ。頂点だ。ナンバーワンだ!」
と高笑った男のスキを裂いたのは、
――子竜だった。
板に張り付けにされていた幼き竜が、仲間かおそらくは母の窮地に瀕して暴れ出したのだ。飛び出ししなに、豪速でカギヅメをふり放つ。ブッヒーニにも動きはしかと見えていたはずだが、幼き竜から発せられるあまりの憎悪に、竦みが生じたのかもしれない。その場の誰もが動けなかった。ブッヒーニの顔半面に、竜腕の爪がベキゴキぃッ! とめりこんでゆく。
スローモーで移りゆく世界の中で、ブッヒーニの顔がひしゃげるように崩れていった。刻み込まれる竜爪の侵食はあまりに深く、これがもしブッヒーニでなければ顔それ自体、残っていたかもわからない。それほどの一撃を受けて、なお、鋭気を絶やさなかった剣士は際して怒りに我を失うことになる。
「うあああああああああああああああああ―――――――っ!!!!!!!!!」
これも豪速で引き抜かれた剣が子竜の残る腕一本を、ぶち斬り飛ばした。同時に片翼も消え失せる。威力で飛び上がった子竜の背鱗を鷲づかみにすると、ブッヒーニは至極硬いハズの竜肉の筋を怒りにまかせ自らが手で引きちぎった。
続けざまにメンチ化する剣をふり上げるが、さすがにそこで体がよろめく。
当然だ。頭から一部「みそ」がはみ出るほどの損傷を、ブッヒーニは受けていたのだから。しかし「うあああああ!」「おのれえええええ!」「ぶっころおおおおおす!」と叫び散らしたブッヒーニは、剣をあちこちへ空振らせた。上段下段、右へ左へ! 豪風をまき散らしながら体を走らせては剣を振るい、狂気に暴れてはわめき散らす。だが、やがて力なく、
「うぐご、がは」
――どさっ。
あまりの出来事に誰もが閉口した。
まるで時間が止まったかのように、やがて静寂が訪れる。
ボロボロの竜が瀕死の子竜を口にくわえるも、マウリンは何もできなかった。かろうじて槍を構えた兵士一人が前へ出たが「もうよい」と引き留めた。最強剣士ブッヒーニが倒れた時点で、隊の全滅は色濃すぎている。
竜の歩が鳴らす地響きすら遠く、ただ立ち去るの見ているしかなかった。