§2§
あえて挑発する物言い付け加えると、案の定、ブッヒーニは直情的な反応を見せた。ここまでの旅路ですでにその野蛮な性格を掴みつつあったが、反してその奥底に隠れる真髄が見えてこない。探るように顔色をうかがう。
額に極太い血管を浮かしながら、ブッヒーニの瞳が冷える。目を合わせればそれだけで、奥の深い野心にまるでこちらまでもが黒い気持ちにされる。
剣士ブッヒーニについて、統制会は確かにその実力を認めた。本当に強いのだ。ブッヒーニが統制会に贈った実績は、どれも他と桁が違う。同時多発的に発生した諸侯誘拐事件で、主犯だった組織は例の大戦で名を上げていた箔付きの傭兵団だった。魔道士も含め総勢が五十ほどだったと記憶しているが、その手練れどもをブッヒーニは素手で皆殺しにしている。当時の資料を漁ると、ブッヒーニの行動動機が物語る金と名声そして身分への執着。備考欄には「貰えるんでしょう? 貴族様を救ってやったんだ。金をくれよ」と記してあった。
強さとは表層的なものだ。内実、力をいかな目的に用いんとするかまでは測れない。事が起こってからでは央都もドツボに嵌る恐れもある。これまではただ強いというだけで大人しくしていた男が、突然「魔源郷」の捜索隊に志願しだしたとき、央都の中央政府ではかなりの厄介ごととして物議が醸された。行政を担う超務庁がその処遇に困ったのも、央都の軍部を統括する円卓の騎士たちが煙たがったのも、すべてはブッヒーニが矛先の解らない強力なエネルギーを持っていたからだ。
何を企んでいるのか解らん。ここは一つ頼めないものか、マウリン。
超務庁長官「ア・チョウ」は、わきまえもせず「ブッヒーニを監視してほしい」との伝令をマウリンに寄こしてきた。身勝手もいいところだ。一言添えて「お菓子を送ろう」と文言では軽いが、たった一人の小童に対して統制会の四天王がマークにつくなど本来バカげた話だ。義理もない。きっぱりと断ってしまうのが定石だが実は、ブッヒーニの素性については兼ねてより関心をもっていた。ブヒブヒ云わすあの両足の魔器タラリアに不明な出生、その異様な強さの由縁など調べてみればみるほどミステリアスな少年であった。娼婦が豚小屋で生んだ子というのはわかっている。
そうこう考えているうちに、周囲の魔力が高まり始めた。
ブッヒーニもそれに気付いたのかどうか、
「あとはブチノメすだけで金と名声が手中におさまると思うと身震いがとまんないなマウリン! どう思う?」
とらぬ狸めいた発言だが、言うとおり、魔源郷を無事に見つけ出すことができれば地位や名声はぶっ跳ね上がるだろう、なぜなら、央都では急激な魔法技術の発達に伴って魔力の源である「魔源」の供給が急務ととされているからだ。魔力を原動力として新産業が次々と興り発展し、今、魔動製品の生活への流入は急激に増えている。爆撃的に広がる需要は、央都周辺で採掘される魔源だけでは到底まかなえるものではない。そこで膨大な埋蔵量を誇るとウワサされる「魔源郷」の探索が必要とされた。だが、先んじて送られた探検隊は、帰ってこれなかった。三十人いた隊員のうち戻ってきたのは四人。うち一人は「化け物だ! あそこには化け物がいる!」と遺して死んでいる。
あとの調べで秘境の存在する地は、かつて精霊族が跋扈していた聖域の奥だとわかった。
「おぬしは怖いものを知らなんだ。甘く見れば怖い目をみるぞ。彼らは天上を支配する神と崇められていた存在じゃ。怒らせれば何が起こるかわからぬ。事実、先の戦争で大勢の人間が殺されておる。たとえぬしでも相手にすればただではすまんじゃろう。覚悟せい」
「神の怒り? ぷっ、ちがうぞマウリン。奴らは絶滅寸前の弱者だ。戦争で負けた哀れな種族にすぎない。か細く生きて、さぞ人生を嘆き悲しんでいることだろうよ。そこでだぞマウリン、強い者が弱い者に干渉してやろうっていうんだ。善かれぞ悪かれども歴史的に普遍じゃないか。苦しいなら終わらせてやる、その役目が、強者である私にはある」
高笑いしてから、それに、と加えてブッヒーニはさらに息巻いた。
「こっちは生まれながらにして見放されている。丁度いい最高の機会だ。私を見殺しにしようとした神にバッチリガッチリと復讐をしてやるとしよう。精霊だか魔法だか知らん。だがどこぞの誰が作ったルールなんざこの手ですべてぶち覆してやる」