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岩窟竜  作者: 立花豊実
1/7

§1§

 

 頬に触れた葉にイラッとしたのか、ブッヒーニは一瞬剣を抜きかけた。

 刃の切れ味について、名の知れた鍛冶職人は真剣に保証している。名匠『ハヲバ』は(いわ)く「その刃は目に映らぬものですら断ちましょう。時に不要な血をも流すでしょう」と。運命を変えることができる剣だなどと大げさに謳われていたのを、ブッヒーニは大いに気に入り、即座に手にしたそうだが、その実まだ本物の肉を試し斬ったことはないようだった。帯刀心地の悪そうな面からして、使い勝手の良し悪しは疑っている。

 刀身はうっすらとパープルがかかる暗い鋼色。無意味に色素が混じっているわけではない。名匠にして偉大なる「賢者」でもあるハヲバはこの剣に魔力を込めたという。もともと魔防系に長けた彼は魔法に対する抗力「減衰機構」の加工技術に特許を持っている。その応用として剣に魔法をハジく効果を付随させたのだ。そのせいなのか、所持者であるブッヒーニの体表面には常に何かを拒絶するようなオーラが出ている。


 ぶひ。ぶひ。ぶひ。ぶひ。


 歩くたび、ブッヒーニの足もとから発せられるこの音は、確かに「ブタ」の鳴き声であるが、実質そこに本物の豚がいるわけではない。履かれるクツが、ブタを真似して鳴っているのだ。しかも装飾に取り付けられた縦長の鼻孔、これがまさにぶたっ鼻なのである。名を一般的にブタシューズか、もしくは「タラリア」という代物。ブタであれば耳にあたる部分に白い「羽」が備え付けられ、時々パタパタっとしているのも実に愛らしい。そのクツが一足地面を踏みしめるたびにうなりわめく。

 ぶひ、と小気味いい音を立て、歩を止めた剣士は自分の腕をみると眉間にシワを寄せた。

「くそ、またか。薬の塗りすぎでテカテカする私の腕を、また蚊が刺したぞ。もっと清涼感があってちゃんと効くモノは作れないものか、マーリン!」

 ふり向きざまにブッヒーニが放ってきた眼光は、ナイフの照り返しのよう。顔立ちは荒が少なく、流麗でボリュームのあるゴールデンヘアーが内側へクルりとカールする。これが自分でもかなりの部分好いてしまって、ホッペでうまくグルグルとなるように毎日欠かさずセットする、というのは央都でもかなり知れた話なのだとか。

 身なりは統制会が認める優秀な剣士の証「純白マント」を羽織っているだけあり、一人やおら目立つ紳士だ。が、お世辞にも高尚とは言いがたい。なにせ一つ歩くたび「ぶひ」だ。実際しれっとしていられるのは御当人だけで、四六時中視聴を強いられる隊の連中にとってはフラストレーションもこの上がなかったろう。

 剣士ブッヒーニを囲むは武装も完璧、屈強な兵士たちだ。面構えは精悍だが、皆こそこそブッヒーニの足を揶揄している。

 統制会は彼らに依頼した。先遣隊として名のあるギルドや騎士団から選りすぐってきた強者どもは、人相の芳しくない輩ばかりが集まったが、体つきは一丁前で隆々のムキムキだ。さすがにブタのようなシューズを履く者は他にいないが、甲冑や兜、戦斧に槍など全身を鎧や武具で固めている。

 その中にあって、長髭垂らす老人マウリンのローブに杖つき姿というのはまた一つ特殊だろうが、前へ出ても誰も眼を合わせようとする者はいなかった。魔道士なんて得体の知れぬヤツとは絡まない方が身のためだ、とは世俗によく通った話である。

「無理を言いなさんな、ここは精霊族の森じゃ。人間界の虫と同等に考えてもらっては困る。アスキーターの針にはこれちと厄介な毒があるからのう」

 長いこと学術機関で歳を重ね、髭面を整えようともしてこなかった身なりは酷くみすぼらしい。こうして愛着するローブもいつ買ったのか覚えていないし、数年の間ではあり得ようもないほどくたびれてしまっている。自分でも極たまに「あ、くさい」と気づくが、そのくせ中々めんどくさて動けないのだ。ダメ人間と言われれば返せない。けれどそれでも統制会の頂点に座する四天王の一人であることに何ら変わりない。

「その解毒成分は強力な保湿作用があってのう肌がテカるのも仕方ない」

「ああ、くそ痒い! 人間王がちんたらやってるから悪いんだ。大陸の開拓が遅々として進まなければ、俺の昇格も一向に決まらないじゃないか! 人前に顔すら見せない引きこもりが、さっさと政治を進めろと言うのだ。こんな森焼き払えばいいものを未だに精霊族にビビッている。人類は勝ったのだぞ、もう十年以上も前に」

「王は全人類の苦悩を背負った、誰もが畏れ嫌がった役目を買ったのじゃ。時に己が精神をも破壊する兵器を自らが扱った時点で、命の大半を失っておる。苦しみは誰にも量れまいて。特に低俗な輩には難しいかもしれん」

「何が言いたいんだ」


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