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エピローグ

 戦場に並べられたカードを見比べる。

 クーヤの場には貧弱なゴブリンが三体。

 スノッブの場には絢爛豪華な熾天使たちが並んでいる。

 屠殺場に送られる寸前の豚も真っ青な顔をしてゴブリンたちは震えている。

 圧倒的に不利な状況でクーヤの手札は一枚。スノッブは余裕の笑みを浮かべて紅茶をすすっていた。

 クーヤの手札では何ターンも前から熾天使に匹敵するほど強力なカードが出番を待ちわびている。しかしいくら強力なカードでも熾天使たちのリンチにあってはひとたまりも無い。だが召還しなければ、クーヤの敗北は必至だ。

「悩んでも無駄無駄。早くドローして投了しろよ」

「うるさい!」

 スノッブは勝利を確信しているのか、ニヤニヤ笑いをやめない。そして何度確認しても場は詰んでいる。起死回生のドローに賭けるしかないのはクーヤもわかっていた。

 デッキの中には場の状況をひっくり返せるカードが三枚眠っている。それを引けるかどうか、それにかかっている。

 山札の上に手をかざして念じる。

 勢い良くトップから一枚引くとそのままテーブルの上に叩きつけた。

「亜神の怒り(ラスオブデミゴッド)、だと!?」

 スノッブの顔色が変わった。

 スペルカード、亜神の怒り。

 各プレイヤーは全てのクリーチャーを埋葬する。

 死は何者にも平等に訪れる。 ――グレイブエルダーの伝承。

 哀れなゴブリンたちとともに勇壮を誇った天使たちも羽をもがれ骸を晒した。

「まだ俺のターンは終了してないぜ! このターン、俺は三体のクリーチャーを埋葬した。これにより『堕ちたる天使ルシファー』のコストは三軽くなる!」

 供給できるリソースを全て使い切り、クーヤはルシファーを特殊召還した。

「ターンエンド!」

 スノッブの手札は一枚も残っていない。

 何も引かれなければクーヤの勝ちだ。

 スノッブは山札から一枚ドローし、それをゆっくりと確認すると、カードを片付け始めた。投了のサインだった。

「よし!」

 クーヤは五を示しているサイコロの数字を六にした。スノッブのそれは四を示している。

十本勝負はクーヤの勝ちだった。

「つまんねー。つまんねー」

 スノッブはカードを整理して懐にしまった。

 初めてゲームらしいゲームをしてスノッブに勝てたクーヤは嬉しさもひとしおだ。しかし、腑に落ちない点が残っている。

「勝ちたいならいつものアレ使えばいいじゃん。大体ワンキルできるアレ。別にスノッブが卑怯の限りを尽くしたところでいまさら何も言わねーよ」

「あー……アレね」

 スノッブは決まりが悪そうに視線をはずすと、デッキを取り出し、それをクーヤに渡した。それは紛れも無く極悪ソリティアデッキだった。ところが、微妙にカードが異なっている。高額なキーカードが軒並みチープなレプリカに差し替えられていた。

「スノッブ、これ……」

「みなまで言うな。しかたねーだろ。金が足りなかったんだよ。時間も無かったしな。底値で飛ぶように売れたのは、まぁ壮観だった」

「スノッブ……」

「だからもういいって。普通気づくだろ。俺は勝つのが大好きなんだよ。だからもうひと勝負しようぜ。今度は別のデッキだ」

 スノッブは新しくカードの束を取り出すと、早くもシャッフルを始めていた。

 だからクーヤもそれ以上、その話題には触れないことにした。そして再びシャッフルを開始した。

「負けたことだし俺の先攻でいいか?」

「ああ、いいぜ。かかってきな」

 クーヤがうなずくと、スノッブは不適に笑った。

 

 補足しておくと、そのあとクーヤは完膚なきまでに叩きのめされた。

「セット、セット、セット、セット。ドロー、ドロー、ドロー、ドロー。セットセット。ドロードロードロー。セットセットセット……」

 山彦のようにこだまするセットとドローを聞き続ける以外にすることが無かった。

「俺の瞬殺コンボデッキがたった一つなわけがないだろ?」

 悪戯が成功したスノッブは心の底から嬉しそうだった。

 クーヤは再確認した。スノッブのウザさを。

 そして心に誓った。

 いつか絶対に痛い目に合わせてやると。


 あれから一ヶ月が経った。

 90s nostalgiaはかつての輝きを取り戻した。

 と、言いたいところだが現実はそこまで甘くは無い。

 スノッブの資金は花火のように華々しく燃え尽きてしまった。一瞬のきらめきだった。

 元々、古い書籍類と美少女しか売りが無いのだから飽きられるのも早かった。

 一部の好き者がたまに訪れるようになっただけマシなのかもしれない。

 アリサは人知れず学校を辞めた。

 それに伴ってファンクラブも自然消滅した。

 ミズハナは腐ることなく生徒会名誉会長の職務を全うしている。おかげでクーヤたちの学校生活は相変わらず賑やかだ。

 彼女は結局アリサの正体や90s nostalgiaについては聞かなかった。

 けれども、たまにアレクサンドリア図書館でひとりため息をついているところを見かけるようになった。そんな彼女のもとへスノッブはお気に入りの小説を持って通っている。邪険にされているが、手馴れたものだった。クーヤは何度もやられたからよくわかる。彼は自分の主張を押しつけることにかけては天才的な才能を発揮する。そして渡されるものは、そのときその人に必要なものなのだ。

 ミズハナほどの美少女がいなくなると90s nostalgiaの維持に支障をきたす。

 スノッブはそんなことを言っていつものように誤魔化している。

 ナズナ主催のコスプレティーパーティーの参加者が増えた。

 ダメイドだ。

 彼女が淹れる紅茶の味は絶品で、ナズナが用意したメイド服を特に嫌がることもなく普通に着こなしている。

 ミズハナが図書館にいる間の時間潰しだと本人は言っているが、どこまで本気なのかクーヤには掴めない。彼女はいまだに謎の多い人物だった。

 騒動が治まると同時にモブオはクーヤたちから離れていった。

 ことあるごとに「楽しければいい」と言っていたのは、嘘でもなんでもなく彼の信念そのものだったようだ。「何かあったら呼んでくれ」と言われているが、それは「何もなければ呼ぶな」ということだ。クーヤはそれが少しだけ寂しい。


 その日、教室は朝からなんとなく騒がしかった。

唯なら何か知っているかもしれない。理由を尋ねてみるとうろんそうに目を細めた。

「私が何でも知っていると思ったら大間違いだよ。……まぁ知ってるんだけど。直々に口止めされてるから教えてあげない。されてなくても教えるつもりなんてないけど」

机に肘を突いて見るからに気だるそうだ。少し遅めの五月病か何かだろう。あまり真面目に相手をしてもらえそうにない。クーヤは諦めて席に戻った。

 席に着くなり、唯からメッセージが届いた。

「ばーか。ばーか。クーヤのバカっ!」

 唯はクーヤのほうを見ようとしない。

 気づかないうちに何か気に障るようなことをしてしまったのだろうか。自分の発言を思い出してみても思い当たる節はない。わけがわからなかった。

「何か楽しそうなことない?」

 モブオにメッセージを送る。すぐに返事が来た。

「あるよ。でも秘密。そのほうが楽しいから」

 簡潔、それでいてモブオらしい返事だった。こちらも期待できそうにない。八方ふさがりだ。

 予鈴が鳴って担任の教師が教室に入ってきた。

 朝のホームルームが始まる。まずは出席の確認。そして細々とした連絡事項が述べられる。

 変わらない日常。

 そのはずだった。

 けれども、その日は特別なイベントが待ち構えていた。

「今日はみなさんに新しいお友達を紹介します。入学手続きに不備があったせいで少し遅れることになってしまいましたが、意地悪をしたりしないように」

 教師はそう前置きすると「入ってきて自己紹介してください」と教室の外で待機している生徒に声をかけた。

 真新しい制服に身をつつんだ少女は少し恥ずかしそうにしながら教壇に立って自己紹介を始めた。

「その……入学手続きに不備があったというのはちょっと違って……生まれつき病弱で、そのせいです。入学が遅れたのは」

 挙動不審な態度で信憑性を持たせようとしているが明らかに嘘だった。さすがにクーヤでも騙されない。

 けれども、そんなことはどうでも良かった。

「ナズナ、です。よろしくお願いします」

 一礼して笑顔を見せた。

 犯罪的に可愛い季節はずれの転校生だった。


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