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90s nostalgia ⅩⅢ

 四という数字は死を連想させられるので縁起が悪いという話を聞いたことがクーヤはあった。その時は迷信深い人間もいたものだ、と一笑に付したものだった。

 現在、クーヤは死者の呪いについて思いを馳せている。

 現実逃避だった。

 瀟洒な白いクロスが敷かれたテーブルについた人間の数は四人だった。

 認めたくない現実。目を覆いたくなる連日。

 男女比は三対一。

 クーヤ自身をどちらに数えるべきか。それは目の前の男の顔を見れば一目瞭然だった。

 白衣アンドスーツはいつにも増して上機嫌。

「ハーレム。ついにハーレムが完成した。選り取りみどりじゃないか。これが世に言うモテ期なのか。クーヤ、よくやった。誉めてつかわす」

「……バカなの? この人」

 唯のうろんげな視線に晒されたくらいではスノッブの笑顔は崩れない。

 クーヤと、そしておそらくナズナも諦めているが、まともに顔をつき合わせるのが初めての唯がスノッブの人物像を掴みきれていないとしても、何の不思議も無かった。

「唯ちゃんだよね。二人から色々話は聞いてるよ。噂通りだね」

 スノッブはニコニコしながら並べたティーカップにお茶を淹れている。

 一度、直に会って話がしてみたい。

 唯に頼まれては嫌とも言えず、クーヤはそれとなくスノッブを誘ってみた。断って欲しいというのが顔に出ていたのかもしれない。スノッブは迷うことなく誘いに乗った。スノッブ経由ですぐにナズナへも話が伝わった。とんとん拍子だった。

「どんな噂ですか? 気になります」

「クーヤの親友だって聞いてるよ。毎日どこでも一緒なんだって?」

「デタラメ言うなよ。そんなこと一言だって言ってないだろ」

「ひひひっ。隠すな隠すな。裏は取れているのだよ」

 クーヤは誓ってそんな話をスノッブにした覚えが無かった。ナズナにもしたことがない。いったいどこから漏れたのだろうか。スノッブの言動は不可解だった。かまをかけられただけかもしれない。

「ナズナだって、クーヤのことには興味あるんだから」

「そーですね」

 ナズナは表情一つ変えずに紅茶にミルクを注いでいる。角砂糖を一つ摘まんで落とし込んだ。

「さて、冗談はこれぐらいにして。何か聞きたいことでも?」

 スノッブはまるで唯を挑発するかのように意地の悪い笑みを浮かべた。

「何が目的なんですか?」

「目的ねぇ」

 考えるそぶりを見せながら流し目を向けられる。

「目的というほどのものはないかな。クーヤからかうの面白いじゃん。可愛いし」

「……嘘ばっかり」

 ナズナがぼそっと呟いた。

「あ! まさかの裏切り。これは一本取られちゃったかなぁ」

「まともに相手しても疲れるだけですよ。言いたいことしか言わないんですから」

 バスケットからクッキーを摘まんでかじっている。目が合った。ナズナは一瞬固まって視線を逸らした。

「唯ちゃん、で良かった? きみも出るの? コンテスト」

「出ませんよ。クーヤの応援してます。全面的に」

 口を挟むタイミングを計っているが、牽制球の投げ合いが激しくてなかなかスタートが切れない。クーヤは腹の探りあいが苦手だった。

「じゃあ僕たち仲良くできそうだね。クーヤを応援してるのは僕も同じだよ」

 スノッブのにやけ面を横から張り飛ばしてやりたい衝動に駆られる。クーヤでさえそうなのだから、面と向かって話をしている唯の心中を慮ると同情を禁じえない。

「スノッブさんってモテないでしょ」

 唯は満面の笑顔で言い放った。

 急角度でえぐりこむように肝臓を打つべし。と専属トレーナーに教え込まれでもしたのだろうか。さしものスノッブも顔を引きつらせている。

「言動がイチイチ気持ち悪いんですよ。髭ぐらい剃ったらどうですか? ナズナさんは優しいから指摘しないかもしれませんけど……ちょっとアレですよ。それに美少女力って何ですか? 女の子を数字でしか見れないなんて最低です」

「ふ、ふふん。乳臭いガキが何を言いやがりますか」

「その乳臭いガキの美少女力、知ってますか? 二千五百ですよ。二千五百。もう一度はっきりきっかり言いましょうか? 二千五百です」

 トドメとばかりに叩きつけて、ティーカップを口元に運ぶ姿は貴婦人のように優雅だった。

ナズナが横で驚嘆交じりの吐息を上げた。

「感心してないで加勢してよっ! 狂犬だよ、あの娘」

「えーっ。やだよ。悪いのは自分から咬まれにいってるスノッブじゃん。それに昔言ってたじゃない。一度幼女に罵られて踏まれてみたいって。また一つ夢がかなったってことで」

「……平然と捏造するのやめれ。ナズナが言うと嘘に聞こえないだろ」

 スノッブは水のように紅茶をがぶ飲みしている。

 口出ししなくて正解だったかもしれない。唯が味方で良かったとクーヤは思った。

「あまり期待しないで聞きます。美少女力を簡単に上げる方法はありませんか?」

「それを知ってどーするの。所詮数字だよ。あんなもんは」

 投げやりに言うと、クッキーを三枚重ねて口に放り込んだ。ぼりぼりと音を立てて噛み砕いている。

「俺が言うのもなんだけどね。結局は人の好みだからね。一定の指標にしかならないんだ。俺の敷いたレールの上を走らせるの? クーヤに」

 唯を黙らせるにはそれで充分だった。スノッブは興味が失せたのか、ポットからどばどばと紅茶を注いで、ナズナからシュガーポットを回してもらっている。

 試されている。

 流されるままにコンテストに出場することを決め、そしていま再び流されようとしている。しかし、クーヤはあえて乗ろうと思った。レールの上だろうとなんだろうと、進むのは自分の意思だ。スタンドバイミー。線路が途切れていたら歩けば良いのだ。

「スノッブが敷いた錆びついたレールなんて一日あれば走破してやるよ」

 クーヤが言うとスノッブは形の良い眉を上げて不敵な笑みを浮かべた。

「いつになくやる気じゃないか。やるからには徹底的にやるぞ。美少女の真髄を体に叩きこまれてもいいんだな? 男の尊厳を失うことになるぞ」

「脅して止めさせようとしても無駄だから。もう決めた」

 クーヤが宣言すると、スノッブは満足げにうなずいた。

「そうと決まればナズナ! 教えてやれ。美少女の真髄を!」

「はっ? 私? なんで私? 意味わかんないんだけど」

「美少女力一番高いのはナズナだろ。なにか秘訣があるはずだ。ちなみに俺も詳しくは知らん。辱めを受けさせてやればいいんじゃないか。たぶん」

「そんな……」

 困ったようにちらちらと視線をよこされる。

 クーヤもナズナにそんなふうに見られると赤面しそうになってしまう。

「なんでもいいけど、やるなら早くやれば」

 唯が言った。なぜか不満そうだった。

「唯もやるんだよ。一人より二人のほうが楽しいって」

「わ、私はいいよ。いまのままで充分だって」

 クーヤは唯の右手を取った。示し合わせたように反対からナズナが左手を押さえた。

「旅は道連れって言うしね」

 引きずるようにして、三人で歩き始める。

「あ、あれ。俺は?」

「スノッブは男だから関係ないでしょ」

 ナズナに冷たく言い切られてはスノッブも引き下がるしかないらしい。

「納得いかねーっ!」

 スノッブの魂の慟哭は完全に無視された。


 クーヤの目の前にはまな板と包丁。そばにはじゃがいもとたまねぎ、にんじんが鎮座ましましている。

「ナズナ、これは……」

 聞かなくてもなんとなく想像はつくが、まさかということも考えられる。視界の端にコンロがあって、鍋も置かれてあって、各種調味料も目に入っているから、ほぼ選択肢は無いに等しいが、それでも聞かずにはいられない。

「クーヤは裸エプロンにする?」

 そういう選択肢もあったか。思わずクーヤは感心してしまった。状況から料理を、材料からレシピを類推するのは浅はかだったらしい。

「……この人っていつもこんななの?」

 何か言いたそうな顔をしつつも、唯は早速じゃがいもの皮をむき始めている。

「あーっ! ストップ、ストップ。唯さんがやったら意味ないし。それに裸エプロン見れないし」

「こだわりますね」

「こだわりますよ?」

 唯はためいきをついて、包丁をまな板のうえに置いた。

 どこまで本気かわからない笑顔でナズナから白いエプロンを渡される。

 裸は流石に恥ずかしいが、裸で無ければ恥ずかしくない。

 クーヤはそう思って、下着の上からエプロンをつけてみた。

「マニアックー」

「毒されすぎだよ。さすがに」

 嬉しそうなナズナと呆れ顔の唯に囲まれてクーヤは後悔した。

 もしかすると下着のほうが恥ずかしいかもしれない。

 しかし、この場にいるのは自分を含めて女性だけだ。男目線でクーヤを鑑賞する人間はいない。そうやって自分を納得させることにした。

「ほらほら。これ見て。凄いよ。二千三百だって。スノッブが言うこともたまには役にたつね」

 ナズナの手には美少女力測定機が握られている。表示を見ると確かに数値は上昇していた。機械の精度を疑いたくなった。

「いやー。こんなので上がるとは思わなかった。結構いい加減ね、これ」

 笑いながら言うナズナを信用しても良いのだろうか。クーヤは不安になる。

「料理の腕には自信あるんだ。任せて」

 腕まくりをしてやる気をみせつけてくれるが、聞きたいのはそういうことではない。美少女力と料理にいかなる関連があるというのだろうか。見当もつかなかった。

「疑ってるでしょ」

 半眼でにらまれて慌てて首をふる。

「花嫁修業してみましょ。私にもわからないんだって」

 投げ渡されたじゃがいもはクーヤの手の中にすっぽりと納まった。


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