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第十二章 試される約束

人間と白龍の新しい約束。

しかし、その約束が本物なのかどうかを試す存在が現れます。

「人間は変わらない」

「信じれば、また裏切られる」

そんな言葉を突きつけられた白龍。

かつての白龍なら、再び闇に戻っていたかもしれません。

けれど今の白龍は違います。

傷ついた心を抱えながら、それでも自分の意思で「信じる」という道を選びます。

果たして、この選択は未来を変えることができるのでしょうか――。

新しい祠が建てられてから、しばらくの時間が流れた。

まだ完成したばかりの小さな祠だった。


けれど、毎朝、誰かが掃除をしていた。

花を供える人もいた。

静かに手を合わせる人もいた。


子どもたちは祠の前で遊び、老人たちは昔の話をするようになった。

少しずつ――。

失われていた日常が戻り始めていた。


凛はその様子を眺めながら、嬉しそうに笑った。

「よかったね、蒼真」

「うん」

蒼真も頷いた。


「白龍さまも喜んでいるかな」

そのとき――。


空の彼方から、黒龍の姿が見えた。

以前よりも白い鱗が増えている。

けれど、まだ黒い鱗も残っている。


それでも、人々はもう逃げなかった。

空を見上げ、

「白龍さまだ」

と声を掛ける人まで現れていた。


黒龍は里を見守るように、ゆっくりと空を飛んでいた。

その光景を見て、凛は微笑んだ。


「少しずつだけど、変わってきたね」

「うん」

蒼真は答えた。

「でも……」

その言葉を遮るように、山の奥から大きな音が響いた。


――ゴォォォ……。

地面が震える。

鳥たちが一斉に飛び立った。

人々が驚いて空を見る。


「何だ?」

「山のほうから音がしたぞ!」

蒼真の顔が険しくなった。

「……何か起きている」


凛も頷いた。

「行こう」

二人は山の奥へ走り出した。

________________________________________

山道を進むにつれて、空気が変わっていった。

木々が激しく揺れている。


風が強い。

そして――。

黒い霧が、山の奥から流れてきていた。

蒼真が立ち止まった。


「この霧……」

胸の奥がざわつく。

以前、黒龍を包んでいたものと同じだった。

「白龍さまの闇……?」

凛が不安そうに尋ねる。


「分からない」

蒼真は霧の向こうを見つめた。

そのとき。

山の奥から声が響いた。


『人間よ……』

低く、冷たい声だった。

凛が息を呑む。

「白龍さま?」


しかし、その声は白龍のものではなかった。

『なぜ、また祠を建てた』

蒼真が凛の前に立つ。

「誰だ!」


霧の中から、巨大な影が現れた。

龍だった。

しかし――。

白龍とも黒龍とも違う。


全身を黒い霧に包まれた、異様な姿。

その瞳には光がなかった。

『人間は、また同じことを繰り返す』

凛が震える。


「あなたは……誰?」

龍は答えなかった。

ただ、里の方向へ顔を向けた。

『人間の心には、忘却がある』

『欲がある』

『怒りがある』

『そして、裏切りがある』

蒼真は、その声を聞いて胸が痛くなった。


「……だから何だ」

『だから――』

黒い霧が膨れ上がる。

『信じることなど、無意味なのだ』


その瞬間――。

空から強烈な風が吹き下ろした。

黒龍だった。

『やめろ』

その声に、山全体が震えた。


黒い霧の龍が空を見上げる。

『……白龍』

黒龍はゆっくりと地上へ降りた。

『その名で呼ぶな』

「白龍さま……」

凛が呟く。


黒龍は、霧の龍を見つめていた。

『私はもう、過去の自分ではない』

『光だけでもない』

『闇だけでもない』

胸の光が強く輝く。


『それでも、私は人間と生きることを選んだ』

霧の龍が笑った。

『愚かな……』

『また裏切られるぞ』

黒龍の瞳が揺れる。


その言葉は、かつて自分自身が何度も繰り返した言葉だった。

――また裏切られる。

――信じれば傷つく。

――人間など信じるな。

黒龍の胸に、過去の痛みが蘇る。

祠が壊された日。


人々の笑い声。

崩れ落ちる屋根。

自分を否定する言葉。

黒い霧が黒龍の身体を包み始める。


「白龍さま!」

凛が叫ぶ。

黒龍は苦しそうに空を見上げた。

『……分かっている』

『私は、まだ怖い』


『人間を完全には信じられない』

それでも――。

黒龍は霧の龍を見た。


『だからこそ、私は選ぶ』

白い光が一気に広がった。

『信じることを』

霧の龍が後退する。


『なぜだ!』

黒龍は答えた。

『傷つくことを恐れて、すべてを憎んでしまえば……』

一瞬、黒龍の姿が白く輝いた。


『私は、かつて私を信じてくれた人々まで否定することになる』

凛の目に涙が浮かぶ。

蒼真も息を呑んだ。

黒龍は続けた。


『私は、それを選ばない』

胸の光がさらに強くなる。

『私は、憎しみではなく――』

黒龍は里を見た。


そこには、再建された祠がある。

『光を選ぶ』

その瞬間。


白い光が山全体を包んだ。

黒い霧が少しずつ薄くなっていく。

霧の龍は、苦しそうに身をよじった。

『やめろ……!』

『光など……存在しない!』


黒龍は静かに答えた。

『ならば、私が証明する』

白い光がさらに強くなる。


そして――。

霧の龍は、山の奥へと消えていった。

完全に消滅したわけではない。

ただ、深い闇の中へ姿を隠した。

山には静けさが戻った。

________________________________________

凛は黒龍を見上げた。

「白龍さま……」

黒龍は静かに答えた。

『私は、まだ白龍には戻っていない』


「はい」

『それでも……』

黒龍の瞳に優しい光が宿る。


『私は、自分で選べることを知った』

蒼真が微笑む。

「それが一番大切なんだと思います」

黒龍は頷いた。


『ありがとう』

そして、空へ舞い上がる。

黒い翼が朝の空を横切った。


その翼の中央には、白い光が輝いていた。

凛はその姿を見送りながら呟いた。

「約束は……守られたね」


蒼真は頷いた。

「うん」

しかし――。

山の奥。

誰もいない場所で、黒い霧が再び集まり始めていた。

その奥から、低い声が響く。

『……人間は、本当に変わるのか』

そして――。

二つの赤い瞳が、暗闇の中でゆっくりと開いた。

物語は、まだ終わっていなかった。

第十二章を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

今回は、白龍にとって初めての大きな試練を描きました。

「信じる」ということは、何も疑わないことではないのかもしれません。

傷ついた経験があっても、それでも自分の意思で誰かを信じる。

そこには、大きな勇気が必要です。

白龍はまだ人間への不信感を完全には消せません。

それでも、自分の中にある光を信じることを選びました。

しかし、山の奥にはまだ謎の存在が残っています。

次章では、その黒い霧の正体に少しずつ迫っていきます。

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