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まさかの結末

翌日、水上事業部長の勢いに気圧されて庭山は萎縮気味。


いつものように自分の統括エリアの定点カメラを見ながら考え込んでいた。




サイタマ新都心オオミヤ店を見る。


15:00を過ぎてバイトのあおいが出勤してきた。




タイゾーと何か話している。


そこにカズトがやってきた。


どうやら会話に加わっている。




音声は出していないが、何か楽しそうに笑い合っているような感じがする。




あのロボット、冗談まで言えるのか?




庭山は定点カメラの画面を消してパソコンを閉じた。


支度をしてホワイトボードにオオミヤと書いて部屋を出た。


水上事業部長に


「オオミヤ店に行ってきます」と挨拶をして出かけた。




良かった。


部長は暇だと庭山を捕まえて説教?


......いやこのご時世に説教と言い方はまずい。


コーチングを始めることがある。




一度つかまると長いので、良かった。


水上は忙しいらしい。




17:00過ぎると営業が始まり、話している場合ではなくなってくる。




庭山はシンジュク駅まで15分くらいの距離を、ヒョロ長の大股で歩き埼京線に乗る。始発駅なのでしっかりと座れるのがありがたい。




――電車の中で目を閉じて庭山は作戦を練った。




佐山はもともと不良社員だ。


あいつが店長をしていては、エリアの売上も芳しくなかった。


交代してくれたことは良かった。




カズトのことがなかったとしても、


アディーとラフマンの残業代不正の件で降格させるつもりでいた。




ちょうどいいネタを提供してくれたものだ。




店長がカズトに変わってから、売り上げはターボ車のように加速している。




このままカズトには変に触らずいた方が、


自分のエリアの成績向上につながるだろう。




――でも庭山は自分の管轄エリアで得体のしれないものが店長をやっていてその責任一切を引き受けるなんて......堪えられない。




埼京線は浮間舟渡駅を超え、荒川を渡る。


河川敷の光景が庭山の目に映像として流れる。


脳みそには入らない。




脳内では目まぐるしく妄想が続く。




ここは佐山君をけしかけてみるか。


でもあいつ危ういから心配だ。


.......一応家族がいるから大丈夫かな?


そういえば、娘さんをたいそう可愛がっているらしい。




この間のアディーとラフマン残業代不正行為は、水上事業部長の恩情で社内的には伏せられた。


しかし、カズトの昇格によって佐山の店長降格と、


給与の天引きによる不正受給金の返還は決まった。




このことを奥さん娘さんに言ったのかな?


言えないだろうな。


どうするのだろう。




このことは家族に嘘をつきとおすのは難しいだろう。


いずれバレることだ。


――次回の給与支給でバレることだ。




16:07にサイタマ新都心オオミヤ駅に着いた。




いつも思う。


これだけ多くのヒトがこの駅は行き交うのだ。


サイタマ新都心オオミヤ店は、売れないはずがない。




庭山は店の裏口から入る。


重い鉄の従業員扉を開けると、......目を見張った。


休憩中に従業員が飲んだジュースの空き缶や、脱ぎっぱなしの制服、本部から送られた書類などが、乾物の商材と一緒に散乱していたあの猥雑な光景が無くなっている。




――見事なクリンリネスだ。




これもカズトのなせる業なのか。 


バックヤードには定点カメラは置いていない。


こんなに掃除が行き届いていたとは知らなかった。




いつ、どのように、どういう考えのもとにカズトは動くのであろう?




庭山は店内に入り、あおいなど仕込みからいる従業員に一通り挨拶をしたあと、佐山を呼んで従業員口から外に出た。




洗濯物が干してあったり、ゴミがまとめて出されている狭い裏路地に、


ほとんど人は通らない。




庭山はいつもの無表情な顔のまま、話を始めた。


「佐山君、君にカズトの生態を調べてもらいたい。


なぜロボットなのに意思があって自分の考えで動くのか?


あいつを操縦する誰かがいてリモートでコントロールしているのか?


それともほんとうに自分の自我で動いているのか?


同じ店でいつも一緒にいる君に行動を観察して教えて欲しい」




「もちろん、それが分かったら君を店長に戻してやるのも、


……やぶさかでない」




佐山はゴクリと唾をのみ込んだ。




佐山の娘は受験生。


来年から大学生である。


ぐうたらな佐山を突き動かすのは、唯一可愛い陽朗美のためだけである。




この度店長を降格したことも、給与から不正受給分が天引きされることもまだ妻の和美には言っていない。




給料日まであと1週間。


怖ろしすぎてどうしたらいいのか分からない。


言うも地獄。


言わぬも地獄。


そして、言わなくても給与が減っていればバレるので、隠し通せはしない。




……現実逃避していたが、いよいよ時間がない。




庭山スーパーバイザーは


「店長に戻してやるのも、やぶさかでない」


というニンジンをぶら下げて本部に帰った。






無情にも17時になれば営業が始まる。


考え事などしてはいられない。




カズトは店の引き戸を開けて、ウエイティングのお客様3組を順番に案内する。


営業が始まるとカズトの頭頂部が2つに割れて中からホバーパイルダーが出動する。


ドローン視野を確保するためだ。




しばらくすると出来上がったドリンクを猛スピードでお客様に運んでいる。




運びながらも通りがかりのお客様に


「一人増えたので、生中追加ね」と言われて


「かしこまりました! 」と反応する。




佐山は脳みそがついていけない。


あのお客様は何番テーブルのお客様だ? 


あいつはすでに頭に入っているのか?




オレなら受けられない。




お客様どちらのテーブルにお座りですかと聞いてドリンクをおいてから注文を聞きに行くか、お客様ご自分でタッチパネルからご注文下さいというか、こんな時に声かけるなよと思って忙しいので聞こえなかったフリをするのかの3択だ。




そしてたぶん、ほとんどの場合3番を選択するだろう。




佐山は1日中、カズトの働きを観察した。


確かにスゴイ。


この業界をよく知るオレの目から見ても、


どんな優秀な人間よりも仕事ができるのは間違いなさそうだ。




こんなことを庭山に報告したところでオレが店長に返り咲けるきっかけになるのだろうか? はなはだ疑問だ。




佐山はストレスが強すぎて、夢遊病者のようになってきた。




 ◇




閉店後佐山は、帰るふりをして店内に残り様子を伺った。




カズトは他の従業員が帰宅してもしばらく店内を清掃していた。


カズトが歩いているところのゴミが吸い込まれていく。




あいつにはルンバ機能も付いていたのか! 


その後何やら回転用モップのようなものをアタッチメントよろしくボディー底面に取りつけ、4輪で駆動し始めた。




ワックス掛けか! 


何でもやっちゃうんだなコイツ。


しかも人間なら、もうクタクタで寝てしまう時間に。




一通りワックス掛けし終えたら、カズトはレジ横に行き、


充電器コードを自分の体に差し込んだ。




カズトの目から光が消え、胸のモニターもオフになった。


――どうやらスリープモードになっているようだ。




そうか。こいつも休むのか。




佐山はしばらくカズトを見ていた。


もう動く気配はない。


――しばらくお休みのようだ。




コッソリとレジに向かい、カズトに近づいた。




反応はない。




チャンスかもしれない。




難しいことはできないけれど、こいつは機械だ。


水をぶちまけてしまえば、ショートして動けなくなるのではないか?




レジのすぐ横にある活魚の泳いでいる水槽に向かった。


忍び足なので50尾はいるだろうアジもおとなしく泳いでいる。




真鯛が一尾、ウマヅラハギが3尾と、底面にヒラメが1尾泳いでいる。


こいつらを刺激してはいけない。




大きな真鯛と目が合った。


お相撲さんが優勝して写真を撮るときに、手で尻尾を掴んでぶら下げる真鯛と同じくらいある。大ぶりだ。




真鯛は水槽の透明なアクリル板にぶつかりそうになると、くるっと身をひるがえし反対方向に泳いでいく。




佐山はゆっくりと1段高くなっている水槽の段にのる。


水面の上からそろりとバケツに水を汲んだ。




――この水をカズトにブン撒いてやる。




この大ぶりな真鯛が死に際に暴れたって言うことで、いいんじゃないか?


実際、断末魔のときに全力で真鯛が暴れると、凄まじく水をまき散らす。




佐山は意を決してバケツを振りかざした。




カズトに狙いを定めて水のたんまり入ったバケツを力いっぱい振り回す。




――すると、 


「ウィーン、ウィーン、ウィーン」


どこからともなく、警報音が流れた。


佐山はびっくりしたが、振りかぶったバケツの重みはもう止められない。




そのままカズトに向けて水の塊は落下していった。




大きな水の塊が宙を泳ぐ。




その瞬間、カズトの目が光り起動した。


闇を切り裂く閃光のような速さで、傍らにあったお客様の忘れ物の傘をヒラリと開き掲げた。


水塊はすべて弾き飛ばされ、一面が水浸しとなった。


もちろんカズトに実害はない。




まさか動き出すと思っていなかった。


佐山は唖然として、その場に目を見開いたまま固まってしまった。


なぜだ。


スリープしてたはずなのになぜ気付いた?




「佐山さん、音声だけじゃないんですよ。今回の行動はすべて録画されています。気付いていないと思いますが、私が休んでいる時も小型ホバーパイルダーが数機上空を巡回していたのですよ。」


カズトがパワーアームを右前方に向けて掲げて、その鋼鉄の機械の人さし指で指さした。




鋼鉄の人さし指の先には、小さめのホバーパイルダーが旋回している。




ホバーパイルダーは複数機いたとは。




しかもこいつは普段のより小さくて、天井見なければ気付かない。




「佐山さん、あなたの行動は就業規則第5条3項のパワハラ条項の2の暴力未遂事件にあたる。


よって、訓告処分とし3日間の自宅待機を命じる。このことはスーパーバイザーを通して事業部長と専務・社長にまで報告されます」




佐山はうなだれた。


こいつにはかなわない。


もうお終いだ。


水槽の横のステップに腰を掛けて、呆然と地面を見つめる。




「あーーーーーーー。」


佐山は感情のやり場を失い叫んだ。




「オレはこれからどうしたらいいんだ?


 家族にも愛想をつけられちまうだろう。


陽朗美にとってカッコよくてエライ店長だったオレはもう終わりだな。


これから先どうしたらいいのかな? 」




佐山は独りごとのように呟いただけだったが、......カズトが反応した。




 「飲食店の店長を降格となり、アルバイト給与を横領する不正行為も発覚し、ヒト型配膳ロボットの店長を壊すために水をブン撒けようとしたが、その行為が失敗した上に録画されていたので訓告処分まで受けてしまった佐山さん。もう八方ふさがりのあなたが、店長に復活するための更生プログラムを2つ提案させていただきます」




何だコイツは?chatGPTか? 


そうか、もともとコイツのAIはchatGPTなのか?




「出来ました。まず、プログラム1を説明します。プログラム1では奥さんと陽朗美ちゃんにすべてを正直に話します。あなたの家庭での地位は地に落ちるでしょう。でも陽朗美ちゃんはもう高校3年生です。あなたが、そんなカッコイイ店長ではないという現実にウスウス気付いているので、案外素直に受け入れるかもしれません。というより、もう父親のことなどあまり気にしない年齢でしょう。そして奥さんの和美さんは超現実主義者です。あなたには興味がありません。あなたがどうあろうと、しっかり今までと同じ額の給与さえ振り込めれば文句は言いません。店長降格により店長手当が減る分と、アディーとラフマンから横領した金額の返却分をバイトして補填しましょう。あなたのお仕事は基本15:00から24:00ということを考慮するとあなたの飲食業界の知見を活かしてランチタイム営業のある飲食店でアルバイトするのがベストでしょう。もちろんスーパーなどでも構いません。店長手当の減額分はある程度長期になる可能性が高いので、スポットバイトではなく通常のアルバイトの方が良いでしょう。肉体的にも精神的にも相当ハードなことになるでしょうし何より、陽朗美さんと和美さんに愛想を付かれてしまうことになるでしょう。」




「次に、プログラム2について説明します。プログラム2は今回の事態を陽朗美さんと和美さんに隠し通すプランです。しかし、普通には隠し通せません。そこで、わたしが佐山さんに全面協力します。ただし、わたしが佐山さんに全面協力するためには条件があります。その条件に従っていただけるのなら、いったんアディーとラフマンの給与着服分は会社が立て替えます。そして、佐山さんには店長であった今までと同じ給与を支給するようにします。そのための会社との交渉はワタシがします。」




佐山はあまりの展開で、口をあんぐりさせるしかない。


魂を持って行かれた人形のように立ち尽くしている。




カズトは構わず話し続ける。


あたかもchatGPTが質問に答える時のように、


人間の思考力を超えた怒涛のスピードで答えを導き出す。




……というより、とっくに出ている答えをカズトはただ、読み上げているだけのようだ。




「佐山さんに科せる条件はわたしの”飲食店店長更生地獄谷の700日間プログラム”を受講して頂くことです。わたしのコーチングでこのプログラムを受講することにより、佐山さんを必ず飲食店店長として優秀な人物に鍛え直します。毎日の業務を付きっきりで指導するのでご安心下さい。このプログラムにより、実質店長業務に復活してもらうので店内の呼称も給与も店長となりますので家族に今回のことはバレません。ただし、今まで佐山さんが自分の考え=自己流でやっていた店長像とはまったく違います。業務処理・業務態度について全面的に見直すことになるので、佐山さんにとってはかなり過酷な精神的修行になると思います。」




「さあ、佐山さん。どちらにしますか?」




佐山の顔面からは、波打ち際の海岸のように一気に血の気が引いた。


何て究極の選択なんだ。どちらも地獄じゃないか? 




――佐山は天を仰いだ。


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