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迷宮の知者、再び。ー迷宮に取り憑かれた心と共に、二度目は人として生きていくー  作者: 宵永青空


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9/26

傍にいさせて

 どうやって帰ってきたかは分からない。

 気がついたら、宿で。

 気がついたら、朝だった。


 さっき、エルウスが「今日は休み。ゆっくりしとけ」と言った。

 昨日の依頼の報酬を半分置いていってくれた。


 銀貨が数枚と銅貨が数十枚。

 盗みをやっていた頃にこれだけ稼ぐのに2・3回はしなければ得られなかった。


 私はベットで寝転びながら意味もなく、ジャラジャラと貨幣を手の平の中で弄ぶ。

 冒険者というものは凄い職業だと思う。


 この大都市では金品を持ち歩く市民が少ない。

 だから、盗みで得られた成果は微々たるものであった。

 空腹を完全に満たすことができない。

 擦り切れた外套を新しくする余裕もない。


 それに成功よりも失敗の方が目につく。


 見つかったら殴られる。

 捕まったら終わる。

 お腹がへれば、また奪うしかない。


 そんな日々の繰り返しを送る。

 盗む事が私にとって生きると同義だった。


 物心がついた頃には、盗みを生業にする大人達と一緒にいた。

 仲間というより群れに近い。


 誰も守らないし、守ってくれない。

 役に立たなければ追い出される。

 泣いても意味がない。

 自分が助かるためなら、囮を売ることも厭わない。


「保護してるんだから、当たり前だよな?」と言い、盗むの半分を奪っていく。

 最低なヤツらだ。


 同じ人はおらず、入れ替わり立ち替わり状態だった。

 生きているのかも、死んでいるかさえ定かじゃなかった。

 興味もなかった。


 両親は知らない。

 その大人達いわく父は処刑。

 母は身を売った先で息を引き取ったとしか聞いていない。

 真実かどうかは分からない。

 兄や弟、姉妹といった類もいなかった。


 少し成長し、私にピッタリの言葉を知った。

 天涯孤独の身。


 誰も私を見てない。

 どこにも安心できる場所はない。

 盗むことでしか存在価値がない私を誰が必要としてくれるのだろう。

 早く終わりたい。



 あの時までそう思っていた。



 いつものように街で盗みの吟味をしていた時。

 目の前に貨幣の入った布袋を腰につけた弱々しい旅人風の男が目に入る。


 今日はアレにしよう。

 そう思い、いつもの手際で近づいていく。

 気づかれないように布袋を掴み、ここから近い路地に飛び込んだ。あとは痕跡が分からないように何度も角を曲がれば、もう誰も追って来れない。

 いつも通りの成功だった。


 幾度か曲がった角の先に。

 目が合った。


「やあ、早かったな」

「……っ!?」


 なぜ。どうして。

 捕まったら、終わる。

 終わりたくない。どうする。

 後ろに振り返り、壁を乗り越えようと足を向ける。


「やめとけ」


 低い口調で制される。


「その先、袋小路だ。その身体じゃ登れる壁でもない」


 その通りだった。


「……なに」


 そう発するので精いっぱいだった。

 だって、もう私の人生が終わる。

 目の前の男からは逃げられないと直感していた。

 けれど、男は両手を軽く上げ、顔を横に振る。


「取った銀貨、返せとは言わねぇよ」

「……は?」

「むしろ、感心した。二流の盗賊よりずっとな」


 そして、何故か褒められた。

 その後のことはよく覚えていないが、男の言ったことは少し覚えている。


「俺と、冒険者にならないか?」

「いずれ逃げ切れない日が来る」

「明日の朝。またここで逢おう」


 また明日ここに来れば、私はどうするのだろう。

 分からなかった。心も身体も。

 どうすればいいのかを。


 妙な確信があった。

 あの男は普通じゃない。

 もしかしたら……と淡い期待があった。


 盗んだ銀貨で共同風呂に入り、身支度を整えた。

 私なりに頑張ったけれど、これで大丈夫かと不安になる。


 次の日、約束通りの場所で待っていると、男は現れた。

 その日、私は盗み以外のことをたくさんした。


 よく分からない資料を書いて冒険者になって、だんじょん?と呼ばれるところで美味しい果物を食べた。それで変な感じになったけど、嫌な感じはなかった。

 ちっちゃいお店で男の知り合いっぽいおじさんから出された食べ物は今までの人生で一番美味しかった。


 何もかも初めてで。

 初めてのことをいろいろとしてくれる。

 この男と、この人と、エレウスといたい。

 傍にいさせてほしい。


 こんな私でもできることを。

 盗み以外でできることを。

 エレウスのためにしてあげたい。


 そう思っていたのに。

 昨日までは。


 私は、初めて生き物を殺した。


 風狼の目が開いていた。

 倒れているのに、まだ見ていた。

 怒っているようにも見えたし、ただの虚ろな目にも見えた。


 首筋に刺さったナイフが抜けなかった。

 柄を握った指に力を入れても、動かなかった。

 血が刃を伝って落ちた。外套で拭いた。

 消えない。消えてくれない。

 恐怖が広がる。恐怖が残る。

 恐怖が私の中に入ってくる気がした。


 エレウスはいつの間にか刺さったナイフを外し、鞘に収めてくれていた。

 私の手を握っていた。


「ライカ」


 名を呼ばれ、エレウスを見る。

 その目はどこか悲しげで。

 怒っているわけでも、蔑む様子でもなく。

 たださとすような、静かな眼をしていた。


「これが、殺すということだ」



 私の手は汚れている。そう思っていた。

 けれど、本当はそうではなかった。

 盗むが染み付いた手と生物を殺した手。

 比べようがなかった。


 手を洗っても昨日の感覚が残り続ける。

 指先の冷たさだけが伝わるナイフを触ると、勝手に思い出す。

 触らなければいいのに、触ってしまう。

 鞘の位置を確かめる。腰の重さを確かめる。

 逃げるための癖が、戻ってくる。


 盗みの世界に戻れば、殺さなくていい。

 少なくとも、命を奪うことはない。

 危険はある。

 追われる。殴られる。飢える。終わる。

 ただそれだけ。慣れている怖さだ。


 でも、もう戻りたくない。


 過去の私は間違っていなかった。

 生きるために盗むしかなかった。

 私が生きることをやめなかったからだ。


 もう違う。

 今日貰ったお金は、盗まなくても手に入った。

 依頼を受けて、拾って、集めて、帰ってきただけだ。


 正しい稼ぎ方。

 そういう言葉を知っている。

 これだけしていれば、ずっと稼ぐことができる。


 けれど、エレウスはそれを望んでいない。

 それは分かる。

 こんな依頼ばかりではダメ。


 エレウスは優しい。だけど甘くない。

 逃げてもいいと言ってくれる。

 生きて帰れと。そうじゃないと次がないと。

 逃げることが悪じゃないと初めて教えてくれた。


 逃げてもいいと教えられたのに、逃げたいわけじゃなくなっている。

 ここは逃げちゃダメなんだって分かってるから。


 エレウスと一緒にいたい。

 なら、私はどうするべきなんだろう。


 冒険者として生きるなら、殺すことから逃げられない。

 罪悪感から逃げられない。

 忘れられないものを抱えて歩くことになる。


 私は続けられるのか?


 途中で折れるかもしれない。

 泣いてしまうかもしれない。

 起きられなくなるかもしれない。


 ……逃げてしまうかもしれない。


 エレウスは許してくれるだろう。

 それが分かっているから、受け入れなきゃ。


 毎日、屋根がある場所で寝泊まりする。

 白パンと香辛料の入ったスープで腹を満たす。

 ちゃんと仕事をし、生きて帰ってくる。

 隣には安心できる人の手を握っている。


 傍にいる。

 傍にいたい。

 傍にいさせてほしい。


 そんな幸せを失いたくない。


 なら、私は逃げてはいけないんだ。

 この耐え難く、取り返しのつかない感情と向き合い続けるしかない。

 何があっても頑張り続けたい。

 できるかどうか私には分からないけれど。


 エレウスから逃げたくない。

 もうずっと離れないって決めた。

 だから、エレウス。

 お願いします。


 繋いだ手を離さないで。

 私を傍にいさせて。

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