殺すということ
この【ステータス鑑定】は改めて凄いと感じた。
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名前:ライカ
異名:なし
技能:【敏捷―B】【略奪―D】【地形把握―S】
【地図作成―B】【投擲―B】
状態:健康
習得適性:【短剣術】【気配感知】【罠感知】【???】【???】【???】
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以前確認した時は【逃げ足】だったものが【敏捷】に変化し、C→Bへと進化している。世界樹からの能力である【投擲】を獲得したおかげか【短剣術】が解禁されている。
他にもダンジョンに入ったからか【気配感知】【罠感知】も開示されている。
素晴らしいな、おい。
そして、目の前という目の下というか。
丘ではなくもはや崖下に散らばっている風鳴石を拾い集めている。
1つを拾ったら、次の風鳴石までの足捌きに無駄がない。素早い。
おおよそ15個ほど拾えばいいため、そろそろ引き上げてもいいだろう。
「 ライカ、それで終わりでいいぞぉ〜!!」
「分かったぁ〜!!」
大声で聞くと、大声で返答される。
風鳴石の欠片回収【E】はこれにて完了。
5分ぐらいで終わったんだが、すげぇな。
スルスルと岩場を駆け上り、俺の隣までノンストップでたどり着く。
クルッとターンをし、「にひひっ」と笑いかける。
「ダンジョンなんだから、油断するなよ」
額にデコピンをし、注意する。
「うう……分かった」
ちょっと恨めしめな目で訴えてくるが、心を鬼して反応しないでおく。
「さて、帰るか」
もう既にシルフの粉集めは終わっている。
こちらもライカにとって造作もないことだった。
(あとはどうやって戦闘経験を積ませるか……だよな)
新人冒険者の壁のひとつ。生物の殺傷。
手応え、血の匂い、動かなくなった身体。
特に自分が命を奪った感覚がなれないということ。
感覚を受け止めきれず「向いていなかった」と剣を置く者は多い。
そのまま別の職業に転職することも多々ある。
結果、冒険者を辞める者は後を絶たない。
この世界では、それもまた正常な選択だった。
(ライカにはそうはなって欲しく……)
油断。
そうとしか言いようがない。
気づいたら、既に大きな口を開けた獣が目の前にいた。
「水壁」
襲ってきた四足歩行の魔獣は首と胴体が離れ、息絶える。
ライカは何が起こったのか分からず、ただその場で佇むのみ。
そんなライカに一喝する。
「ライカ、俺の後ろにつけ!! 今すぐ!!」
「はい!!」
気を取り直したライカは俺の服の一部を掴む。
ざっと確認すると、周りに見える姿は5体。
風狼。
50〜70匹程の群れを形成し、3匹〜7匹程に固まって狩りをする。
今、伏せているのが1匹。
6匹の狩りチームと遭遇したようだ。
「ライカ、俺1人では捌けない。ナイフを投げて数匹を足止めしてくれ。できるよな?」
「うん、足引っ張らないようにする」
「いい子だ」
空中に水の球を数個生成し、手前の目につく2体の風狼に発射する。
案の定、躱されるが問題ない。
「水壁」
再度、詠唱する。
水の球だったものが今度はおよそ2m×1m程の板へ変化し、風狼の動きが鈍る。
「水壁」
地面の下から湧き上がるように現れた水の壁が刃のように風狼2匹の首を断つ。
最初の1匹目と同じ手口だ。
思わず舌打ちしてしまう。
(決定打がこれしかねぇ。大人しく引いてくれねぇかな)
残り半分となったが、戦意は失っていない。
むしろ仲間がやられたことに唸り声が強くなっている。
「水壁」
三度、魔法を発動させるが躱される。
こちらからの魔法発動範囲から離れ、様子を伺っている。
魔物ながら、実に冷静だ。
「ライカ、このままじゃジリ貧になる。逃げるぞ」
「うん、あっちでいいの」
指差す方向は帰り道の方角。
ではなく、先程の風鳴石を集めていた場所。
さすが、【地形把握―S】。悪くない選択だ。
「ああ、だが腹を括れよ」
「……」
「お前も殺さなきゃ、生きて帰れないぞ」
「わ、分かって……」
俺たちがもごもご話している中。
3匹の風狼が三方向から近づいてくる。
それを確認し、すかさずライカに数個の石ころを握らせる。
「投げながら、逃げるぞ!!」
「はい!!」
俺はライカを抱き抱え、1匹に大きめに作った水の球で拘束する。
残り2匹にはライカの石ころで牽制しつつ、距離を稼ぐ。
先程の崖下に着くと、すぐさまライカを乱暴気味に下ろす。
「ごめんな、ライカ」
「はい、大丈夫」
「あとナイフ出しとけ。飾りじゃないんだろ」
「は、はい」
「悪いな、まだ……いや、何でもない」
言葉を飲み込み、姿勢を正す。
対面する3匹の風狼。
内の1匹は既にずぶ濡れになったせいでかなり疲弊しきっている。
大きな2つの球を作り、俺達と風狼の真上で衝突させる。
擬似的に雨状態を作り、俺は小さな水弾を数十個漂わせる。
突撃し疲弊しきっていない2匹に集中的に狙っていく。
たまに危ない所はライカの石ころによって事なきを得ていた。
「ライカ、俺の所に来い!!」
「はい!!」
ライカがこちらにたどり着くのを確認する。
本日最大規模の水の球を作り出す。
そして、視界でギリギリ捉えられる程のそれを地面に叩きつけた。
風狼達は水の勢いに耐えられず、そのまま崖下へと飲み込まれていく。
そして、辺りは完全に静かになっていた。
「よし、ライカ。もう……」
後ろからの気配。
風狼のチームの最大数は7匹。
倒したのは6匹だった。
つまりは、そういうことだ。
「あ」
頭を完全に被りつかれたと思った。
しかし、いつまでたってもその感触はない。
地面へ視線を向けると、倒れ伏した風狼。
首筋に1本のナイフが深々と刺さっている。
「ライカ、お前……」
風狼の目がまだ開いている。
それをライカはただ見つめるのみ。
まだ実感がないのだろうか。
いや、こればっかりは逃げられない。
逃げたら、また逃げまわる日々に戻ってしまう。
殺すとは、冒険者にとって生きること。
殺すとは、相手から全てを奪うこと。
全てを分かる必要はない。
だが、殺すことに慣れても忘れてはいけない。
人であれ、魔物であれ。
それは同じく一つの命なのだから。
ライカは、首筋に刺さったナイフの柄を握ったまま動かなかった。
指先が白くなるほど力を込めているのに、震えはなかった。
「……取れない」
小さく、困ったように呟く。
泣き声ではない。怯えでもない。
ただ、どうしていいか分からない声だった。
風狼の血が、刃を伝って地面に落ちる。
それを拭おうとして、ライカは外套の裾で何度も擦った。
だが、赤は広がるばかりで、消える気配はない。
俺は静かに刺さったナイフを外し、血を拭って鞘に戻してあげる。
ライカの指先は、酷く冷たくなっていた。
「ライカ」
名を呼ぶと、ようやくこちらを見る。
理解していない。
だが、分かっている目だった。
取り返しのつかないその感情を。
「これが、殺すということだ」




