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迷宮の知者、再び。ー迷宮に取り憑かれた心と共に、二度目は人として生きていくー  作者: 宵永青空


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初依頼と初ダンジョン

 クラーケン丼を美味しく召し上がり、ラウル冒険者ギルド・南支部を後にする。

 別日にまたとっつぁんと話をすると決め、別れることにした。


 評判の良い安宿である《仔羊の憩い》で一部屋を借りようとする。

 しかし、「その、えっと……」とライカがモジモジし始めたので、2部屋にすることにした。ごめんな、お前女の子だったな。

 まあ、こういう所があるから俺はダメなんだろうなと再認識させられた。


 朝飯を宿屋の食堂で軽く取る。

 何の変哲もない白い麦パンと野菜のスープ。

 ライカは目を輝かせて、口に運ぶ。

 その様子を見守りながら、笑みが零れる。


(一昨日会った時とは別人だな、ライカ)


 朝食を食べ終えると冒険者ギルド本部に向かう。

 昼間よりも騒がしい朝はどこも日常茶飯事のようだ。


「ライカ、ここで待ってな。依頼を見てくる」

「気をつけてね」


 人で溢れに溢れまくっている。意を決める。

 依頼掲示板の人混みを掻き分け、依頼が張り出されているクエストボードの前に立つ。


「おっ、丁度いいのが」


 ・風妖精の粉集め【F+】

 ―丘に棲むシルフが残す粉末を採取する依頼。


 ・風鳴石の欠片回収【E】

 ―風が吹くと音を立てる鉱石の破片を回収する。

 足場が不安定で、落下に注意してください。


 誰かに取られる前に依頼書を引っ掴み、再度人混みの中を歩く。

 揉みくちゃにされながらも、何とかライカの元へと帰ってくる。


「よし、ライカの初依頼。俺も初依頼だな」

「うん、頑張る。それと……」


 ライカはモジモジする。

 躊躇いがちな口調で言葉を零す。


「アリウス……エレ、ウス? どっちで呼べばいい?」


 そういや、俺ちゃんと名乗ってなかったな。


「どっちでも構わないと言いたいが、エレウスの方で頼む。エレウス・べべ、な」

「うん、エレウス。やっと名前分かった」

「なんか、ごめんな」

「大丈夫。私は名前呼べて嬉しい」


 目を細め、にっこりと笑うライカ。


「よし、んじゃ行くか」

「うん!!」


 自然と手を握られるが、しっかりと繋いであげる。

 嬉しそうに笑うライカの手を離すことなどできそうになかった。


 依頼受注のために受付嬢に必死に手に入れた依頼書を手渡す。

 受け取った受付嬢は困り顔でこちらに聞いてくる。


 受付嬢は差し出された依頼書を受け取ると、素早く目を走らせた。

 一枚、二枚。

 その指先が、わずかに止まる。


「……初依頼、ですよね?」


 声音は抑えられているが、眉の奥が微かに寄った。


「はい。二人とも登録したばかりです」

「そう、ですか……」


 小さく息を吸い、依頼書を揃え直す。

 その動作は丁寧だが、どこか機械的だった。


「風妖精の粉集めは問題ありません。ただ、風鳴石の欠片回収は足場が不安定です。それに難易度Eなので最初依頼向きではありません。新人の方が怪我をされる例も、正直少なくありません」


 そこまで言って、一拍。

 視線が一瞬だけ逸れる。


「……こちらとしても、万一の際は報告書を書く立場ですので」


 本音が僅かに漏れた。

 彼女は気を取り直すように俺たちを見る。


「それでも受注されますか?」

「承知の上です。規約上、問題はありませんよね」


 毅然とした態度で答える。

 オドオドしているとあちらのペースとなり、受注できないことが多々ある。

 もちろん、過去に何度かやからしたからな。

 一瞬、唇が結ばれる。

 逡巡の後、深くはないが確かなため息。


「……分かりました。では、こちら二件、受注として登録します」


 印を押す指に、僅かな力がこもる。


「はい、ありがとうございます」

「どうか無理はなさらずに。……本当に」


 最後の一言だけ、少しだけ強かった。

 受付から数歩ほど離れた後。

 後ろからそれはそれは長いため息が聞こえる。

 はいはい、すみませんでした〜っと。


「ライカはダンジョンに行ったことはないよな」

「い、一度だけ……詳しくは言えないけど」

「そっか、分かったよ」


 頭を撫でてあげる。

 昨日のベタつきはなく、サラサラの髪となっていた。

 ハーブの良い香りが漂ってくる。


「ありがとう、エレウス」


 その横顔は微かに笑っていた。


 ラウルから徒歩で2時間。

 乗合馬車で20分程で《風吹く丘の協奏曲》に着く。

 ここは自然発生した範囲型ダンジョン。

 風妖精のシルフの他に、風狼や風兎などの魔獣が多く出現することが特徴だ。


 辺り一面は見渡す限りの草原。

 風が吹く度に草が擦れる音色に心が安らぐ。

 しかし、ここはダンジョン。危険地帯。


「そ、そう。これがダンジョンだぁぁあああ!!」


 あまりの嬉しさで叫んでいた。

 それは言葉のみならず、手がプルプルと震えている。

 ライカは俺の様子を見て、ちょっと引いてる。

 他の新米冒険者や指導者っぽい中堅冒険者もなんだなんだと視線を向けてくる。


(……いかん。今は引率役だったな)


 咳払いをし、佇まいを直す。


「まずはシルフの粉から行くか」

「あいっ」


 ちょっと噛み気味の返事をする。

 無理もない。ここは命のやり取りをする場所だ。

 緊張しないわけがないよな。

 ライカはポツリと言葉を零す。


「……ねえ、エレウス」

「ん?」

「もし、逃げたら……怒る?」


 ライカの頭に手を置いた。


「なあ、ライカ」


 風に揺れる草原を前にして、俺は深呼吸する。


「今日は、帰ることを最優先にする。依頼よりもな」

「……うん」


 短く、けれど強く頷く。


「無理だと思ったら、逃げる。恥でも何でもない」

「……それでも」

「それでも、だ。生きて帰れば、次がある」


 少しだけ間を置く。


「生きなきゃ、もう何もできねぇ」

「……」

「約束だ」

「……約束」


 指先が、きゅっと俺の服を掴んだ。


「それに今日は戦わないから、安心しろ」

「うん、でも……いずれは、だよね?」


 不安そうにこちらを見上げる。


「まあな。だけど、冒険者っての命を奪う仕事だ。たとえ人ではなかろうが、相手を殺すのが基本だからな」

「覚悟しなきゃだね」

「……だな」


 そう返すだけが精いっぱいだった。


(……本当なら殺さずに済むのがいいんだがな)


 風が強く吹き始める。

 音も、風も、景色も、平和な光景。

 とてもダンジョンとはいえないこの場所を。

 冒険者を安全だと招くのような感覚がある。

 ライカを最初にこのダンジョンに連れてきて良かったのだろうか。


(ライカが冒険者として……しっかりできるだろうか。そればっかりは、本人の問題だからな。そして、これもディーさんが肯定していた人類の訓練所という意味合いのこともあるのかもしれないな)


 胸の奥に引っかかるものがあった。

 それは漠然として分からず。

 ライカを育てる覚悟がまだ足りないと自覚せざるを得なかった。

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