クラーケン丼
昨日の待ち合わせを指定した場所に行くと、既に先客がいた。
洗い流したおかげか、黒く汚れていた灰褐色の髪が銀色に変貌していた。
外套はそのままだが、白いシャツと黒いショートパンツが隙間から見える。
腰回りも一新され、ナイフが2振りのみとなっていた。
顔が綻びそうになるのを抑え、声を掛ける。
「ライカ、おはよう」
「おは……これから、何をするの?」
「まずは冒険者登録。文字は書けるか」
「自分の名前だけ」
「あとは代筆してやるよ、行くぞ」
歩き出したが、後ろからの続く足音がない。
振り返るとライカは立ち止まったまま。
どうやら、足音が聞こえてなかったというわけではないことに安心する。
しかし、まだ足の向きは逃走経路へと向けられたままだ。
「どうした?」
「わ、わたし……」
何かを言おうとして、口を震わせている。
待てども次の言葉が出ない。
沈黙。
長い時間ではなかったが、痺れを切らす。
俺はライカの前に行き、頭の上に手の平を置いた。
ビクリと身体を震わせたが、手を払い除けられることはなかった。
「言いたくないこと、あるよな。そりゃ」
ライカの肩が、ぴくりと揺れる。
「俺にもある。多分、家族でも親友でも、仲間であっても。誰にだってある」
少し間を置く。
「だからさ。無理に言わなくていい」
そうだ。無理に言おうとしなくていい。
ライカの人生は綺麗ではなかったぐらいは、傍目から見ても分かる。
だから、才能に見初めた俺が責任を持たねぇとな。
髪はかすかにベタついていたが、気にせずにわしゃわしゃと撫で回す。
数十秒はされるがままだったが、不意に手で弾かれる。
「も、もういい。分かった、分かったから」
「おう、大丈夫か?」
初めてライカが俺と目を合わせる。
あわあわとした表情で何度か視線を逸らす。
俺はライカが口を開くまで、ひたすら待つことにした。
「……うん、だからね」
「お?」
「私をよろしくお願いします」
「……ふぅ。俺もよろしくな、ライカ」
手を差し出して、握手を交わす。
この人生で初めての仲間ができた。
そして、中々離してくれないライカと手を繋いだまま冒険者ギルドへと向かう。
横目で見たライカはうっすら涙を浮かべ、微笑を満ちていた。俺に寄り添うように腕に身体を預けたり、それに気づいて慌てて離れたりを繰り返す。
俺の口元が僅かに緩んでいたことは黙っておくとしよう。
登録は滞りなく、終わった。
晴れてライカは冒険者となった。
「次は?」
「とりあえず、世界樹に行ってお前の能力を貰ってこようぜ」
「ん?」
こてんと首を傾げるライカ。
とりあえず、《世界樹より恵を込めて》へと足を向けると、服の端を引かれる。
振り返ると、ライカが手を差し出してくる。
「ぎゅって……しなきゃ、行かない」
「はいはい」
再度手を繋ぐ。
恩恵型《世界樹より恵を込めて》へと向かった。
一日ぶりですね、ええ。昨日はどうも。
中に入ると、その神聖な空間に圧倒されていたライカ。
だが、すぐに数多に実る果実に目を奪われていた。
俺からの手を離れ、駆け出していった。
(一応、年相応のところもあるんだな)
数ある果実から橙色の実を選び、美味しそうにモグモグと食べていた。
【投擲―B】を獲得した。なんで。どうして。
お前、盗賊の才能あるよ。やっぱり。
「次は?」
「うーん、飯に行くか」
花が開いたかのように笑顔になる。
しかし、すぐに萎れてしまう。
「ライカ、お金ない」
「心配すんな。食わせてやる」
「お、お世話になりっぱなしは、良くない!!」
両手の拳をふんと内側に振り落とし、上目遣いで見てくる。
気のせいだったら申し訳ないが、急激に距離が縮まっている気がする。
何故だ。純粋に嬉しいけれどもさ。可愛いな。
もしも、娘がいたらこんな感じなのだろうか。
「それよりも、私はどうしたら食べれる?」
「俺も金はない」
「え?」
「食わせてくれる所に行くぞ」
もう15年も前になるが、まだあの人はあそこに居るはずだ。
そろそろ、あの時の借りを返してもらおうとしようか。
へーズビッツ大陸西部最大都市・ユラル。
以前にも説明したが、ここはダンジョン都市としても有名である。
そして、冒険者ギルドも何ヶ所かに支部を置いている。この都市だけで4箇所、別の町や村を合わせると数十箇所にまで及ぶ大きな組織となっている。
世界樹の根元にあるのが本部であることは言わずもがな。
ラウルの東西南北それぞれに支部が設置されている。ダンジョンというものは気まぐれなもので集中して出現するところもあれば、閑散としてしまう場所がある。
ラウル冒険者ギルド・南支部はそんなハズレを引いてしまった。
いわば、職員の左遷先で有名だった。
そんな冒険者ギルド・南支部の外観は小さな民家だ。
ドアに申し訳ないほどの看板が掛けられているのみ。
とても、かの冒険者ギルドの支部。ましてや大都市の冒険者ギルドとは思えないチンケな様だった。
「よし、行くぞ」
「何、ここ?」
「一応、冒険者ギルドだ」
「間違いじゃないの?」
「違うんだなぁ〜これが〜」
ライカの手を引き、ドアを開ける。
中は宿屋のフロントよりも狭く、待合スペースは人が6人立てるかどうか。
カウンターにはむさ苦しいオッサンがカウンターに足を投げ出して、新聞を読みながら煙草を吹かしていた。
「うぃす、とっつぁん」
「ああん? あたかも新人ですってヤツ来たな。こんな所に来るな。他の冒険者ギルドで登録しな失せろ」
「おいおい、とっつぁん」
「なんだ、まだ……」
「とっつぁん」
「……いや、まさかな。いやいや、あいつは死んだはずじゃ……」
「とっつぁん、食いに来たよ」
「……」
「食わせてくれるんだろ。クラーケン丼」
とっつぁんは咥えていた煙草をポロッと落とし、新聞紙の上に落ちて引火する。
そんな参事に目を移すことなく、俺をただただ見つめるのみ。
ため息を吐き、燃え始めた新聞紙を水の球で包む。
魔法を解除した後に、風魔法で乾かして、とっつぁんに投げ捨てた。
その一通りの流れを見ていたライカは「おおっ!!」と小さく拍手をしていた。
可愛いな、お前。
「どうだ、これで証明にならねぇか」
「ああ、まさしくアリウスがバカのひとつ覚えみてぇにやってた奴だ」
「上手いもんだろ」
「あんだけやってれば、上手くもなるだろうよ」
「なんか余計な一言が多すぎやしないか」
「なんだ。分からん。本当にアリウスなのか」
「そうだって、アリウス・べべなんだって」
まだ納得のいっていない顔をしているとっつぁんの口は止まらない。
「《迷宮の知者》の?」
「おう」
「《疾風怒濤》の?」
「おう」
「それとよ」
「まだなんかあんのかよ? しつけぇな」
とっつぁんは意地悪そうにニヤリとする。
「スフアちゃんとは仲良くやってんのか?」
「……い、今は一緒じゃねぇから、知らね……それに、だな……」
「おお、その落ち込む感じはアリウスだな」
「人の心の傷を弄びやがって……っ!?」
ライカと繋いでいた手から痛みが生じる。
こちらをジロリと睨むライカ。怖っ。
「ねぇ、スフアって誰?」
ここは嘘偽りなく答え方がいいな。うん。
「スフアは……俺の幼馴染みだよ」
「ふーん、そうなんだ」
「ああ」
「ただの?」
「おん?」
「ただの幼馴染みってだけ、なの?」
「お、おう。ただの幼馴染みで、それ以上は何も」
「なら、良かった」
いひひと嬉しそうに笑うライカ。
少女は少女でも女のことはちっとも分からんな。
スフアの話なんか聞いても面白いもんなのかね。
「そういや、クラーケン丼か。待っとけ、すぐに3人分出す」
「とっつぁん、あんたも食うのかよ」
「いいだろ、驚き過ぎて腹減ったんだよ」
奥でガタガタと物音がして数秒。
とっつぁんはすぐに出てきた。
両手にはモリモリに盛られた丼が2つ差し出される。
「ほら、できたぞ。クラーケン丼」
「早っ!! 化け物並の速さだな、とっつぁん!!」
とっつぁんはライカを見て、意地の悪い笑みを浮かべる。
「嬢ちゃん、食べられそうかい?」
「……大きい」
目を見開いて、まじまじとクラーケン丼を見つめる。
「そうだな。無理そうなら」
「大丈夫、食べる」
とっつぁんの声を遮り、フォークを手に持つ。
丼を前にライカはしばらく固まったままだった。
警戒するように周囲を一度見回し、それから恐る恐る一口。
「……っ」
「どうだ」
「……おいしい」
ぽつりと零れた声は小さかったが、次の瞬間にはフォークの動きが止まらなくなった。
夢中で頬張る姿に、思わず笑いそうになる。
「ゆっくり食え。誰も取らねぇ」
「……うん」
そう答えながらも、食べる速度は落ちない。
空腹に慣れすぎたであろう身体は、安心するのに時間がかかるのだろう。
「あ、あのさ」
「ん?」
「明日も……一緒にいられる、の?」
「当たり前だろ」
「そっか……そっか。えへへっ」
そう笑って、また黙々と食べ始める。
丼の底が見えた頃、ようやく顔を上げた。
それはもう満足しきった笑顔で言った。
「ごちそうさまでした」
「おう」
こいつはもう逃げる気がなさそうだった。




