いざ、レファル
《くたびれ亭》の店内はいつもより少しだけ騒がしかった。
夕方の忙しさを過ぎ夜に差しかかる中途半端な時間帯。
酒の匂いと焼き物の煙が混じり合う。
高くない天井も相まって、息が詰まりそうなほど人の気配が濃い。
木製の丸卓を囲むのは五人。
俺、ライカ、サガルフ、クライズ、ロイン。
この顔ぶれで卓を囲むのも、これが最後になる。
「いやぁ〜、こうして改めて集まると、感慨深いもんがあるもんだ」
最初に口を開いたのはクライズだった。
既に三杯目に突入している。頬が赤い。
「そういや、ここで相談もしてたよな。ライカちゃんの件も」
「ぶはっ!?」
思い切り酒を吹きだしてしまう。
いや、クライズの口元を見れば分かる。
こいつ、絶対わざとだ。ニヤけてやがる。
「おい、言うな言うな!! あのぉ~ライカ、さん……?」
視線を向けるも、すでに遅し。
ライカがじっとこちらを睨んでいた。
「……ジィッ」
無言。だが、圧が強い。
そりゃ、そうですよね〜。
言わんこっちゃねぇよ。
「その、なんだ。悪かったって」
「私、まだ許してない」
即答だった。
「どうしても、か?」
「許さないから、ずっと傍にいる」
「許さ、ない?」
「エレウスの傍にいる、から」
ライカはそう言って、ぷいっとそっぽを向いた。
串から焼き鳥を外し、もぐもぐと頬を膨らませる。
「……あ〜これは一生言われるやつですね、エレウスさん」
ロインが苦笑しながら言うと、ライカのほっぺたを指で軽くつついた。
「分からないのは、エレウスさんだけだもんね〜」
「ロイン、それ以上は言わないで」
「はいはーい」
ロインはあっさり引いたが、口元は楽しそうだ。
そんなロインに真剣な眼差しで話しかける。
「なあ、ロイン」
「何ですか? エレウスさん」
「これで最後かもしれない」
「はい」
「だから、だ」
「だから?」
少しの間を置く。
唾を飲み込み、俺は頼み込んだ。
「うなじを嗅いでもいいですか?」
「ダメです」
「そこを~そこを、何とか~」
「きもいです」
ロインの露骨に嫌そうな顔にそそられる。
「最後だから嫌われてもいい‼」
「エレウスさん~ダメなんだから、めっ‼」
「ぐはっ⁉」
「距離感って言葉知ってますか?」
「おほっ⁉」
「マ・ジ・メ・に、聞いてください‼」
「んんっ⁉」
「もう知りませんから、ね。ふんっ‼」
「ああっ!?」
破壊力が違う。なんだ、この栄養分は。
手垢が付きまくった古典的な可愛らしい怒り方。
それがいい。それでいいんだ。
ほら、見ろ。
サガルフが泡吹いて倒れたぞ。
幸せそうな顔してやがる。
クライズもやばいぞ。
床に酒を吹き出して、むせにむせまくっている。
「おお……かわ……い……」と女難のこじらせ野郎もダウンしてる。
恐るべし。
やはり、男の娘でしか得られないものがあるな。
ロイン、最高だ。
イケるとこまでいくぜ、俺は。
「エレウス、私の嗅ぐ?」
「絶対に、他の誰にもそんなこと言うなよ」
「ううっ……エレウス、怖いぃ……」
ライカの爆弾発言に冷静となる。
そうだよな……距離感って大事だよな。
ロインとは、これからもこれぐらいでやっていこう。
「ロイン、すまなかった」
「ふんっ‼ 知りません‼」
この様子だとしばらくは許してくれないだろう。
ってか、不貞腐れても可愛いな。
くっ、引き際か。これ以上は嫌われそうだな。
サガルフも意識が戻り、場が安定してきた頃。
何とか復活したクライズはしみじみといった様子で話す。
「それにしても、これでお別れは寂しいもんだな」
クライズが酒杯を揺らす。
「ライカちゃんともしばらく会えなくなると思うとな。始めの面影はもうねぇしよ。残念だ」
しみじみと零すクライズ。
「また会えるよ」
ライカが即座に言った。
「だな」
俺も頷く。
「この街から消えるわけじゃねぇ。少し離れるだけだ。また会える。今日はそんな酒、だろ?」
「……そういう言い方するの、エレウスらしいわな。本当によ」
クライズは肩をすくめ、ふと思い出したように言った。
「そういや、南東の《レファル》だっけか」
「おん?」
「確か、あそこに『壊樹』がいるんだよな」
その言葉に、自然と視線が集まる。
「S級のグラベリー・トゥルグヌスのことか?」
俺が言うと、クライズは頷きながらも首を振った。
「いや、今はA級に降格したって噂ですわ」
「……あいつが、降格?」
正直、信じ難い。
『壊樹』グラベリー・トゥルグヌス。
七大迷宮を二つ踏破した実績を持つ魔法剣士。
冒険者ギルドからの招集にも必ず応じる常識人。
六本の片刃の曲刀を変幻自在に使いこなす。
加えて、土魔法に精通し特に『植物魔法』が得意だ。
曲刀と魔法のどちらも併用する異端の前衛。
アリウスだった頃、三度ほど同じ迷宮に潜ったことがある。
S級に相応しい働きぶりだった。
「何でも、パーティメンバーが倒れてから冒険者活動をしていないとか」
クライズは両手を上げて言う。
「それ以上は分かんねぇ。けど、まだレファルに居るって話を噂に聞くってだけだ」
「……そうか」
胸の奥に小さな棘が刺さったような感覚が残る。
相当な規約違反をしない限りS級から降格するなんてことはない。
俺の知る限り、グラベリーという男は該当しない。
彼もまたダンジョンに取り憑かれたのかもと頭を過ぎる。
壊れた者が壊れたまま生きている。
それは他人事じゃない。
まあ、今は目の前の飯と酒を楽しむとするか。
その夜は、それ以上重い話はしなかった。
笑って、食って、飲んで。
最後まで、いつもの《くたびれ亭》だった。
翌朝。冒険者ギルド本部の受付にて。
俺、ライカ、サガルフの三人でちっぱいちゃんに会いに来た。
「エレウスさん、本当に行っちゃうんですか」
カウンター越しに、ちっぱいちゃんが言う。
「まあな」
「またこの街に来たら、絶対顔出してくださいよ?」
「えっ、やだよ」
「なんでですか!? あんなに依頼受けてたのに!!」
「だって……」
俺はちっぱいちゃんの胸元に視線を向ける。
「ちっぱ……」
「エ・レ・ウ・ス・さん?」
ちっぱいちゃんの目が細くなる。
「……近い内にな」
「はい!! 約束ですからね!!」
一瞬で笑顔に戻った。
助かった。怖かった。
絶対、前に言ったこと気にしてんじゃん。
「ライカちゃんも元気でね」
「うん、バイバイ。またね」
ライカが手を振る。
「またね〜エレウスさんも、バイバイです」
「おう、パイパイ」
「冒険者資格剥奪いたしましょうか?」
「本当に申し訳ありませんでしたっ!!」
いつも通り、完璧なやり取りだった。
このやり取りも楽しかった。
俺たち3人は他愛のない話を何度か交わす。
それから、カウンターから離れていく。
「では、また。お気をつけて。生きてまた会いにきてくださいね」
「おう、じゃあな」
「……バイバイ」
俺たちの姿が見えなくなるまで手を振るちっぱいちゃん。
ライカも何度か振り向いて、軽く手を振り返す。
そして、冒険者ギルドから出て乗合馬車乗り場へと足を向ける。
不思議な受付嬢だったが、気持ちのいいヤツだった。
そういや、すっかり忘れてたことがある。
最後の最後までちっぱいちゃんの名前知らなかったな。
まあ、いいか。ちっぱいちゃんのままで。
南東へ向かう乗合馬車が立ち並ぶ中。
木箱と荷物が積まれ、御者がせっせと準備をしている。
サガルフは「手伝いますっ」と言い、荷物運びを手伝う。
ライカは馬の首や頭を撫で回している。
その様子を地べたに座り、頬杖をついて見ていた。
乗り込むのは、俺、ライカ、サガルフの三人。
この辺ではラウルが最大規模の都市。
そのため、余程のことがない限りレファルには行かない。便も少ない。
今回は運良く護衛を雇いたい商人と出会い、乗せてもらうこととなる。
運のいいことだ。
一時間も掛からずに出発の準備が整う。
馬車が走り始め、尻に車輪からの振動が伝う。
ライカは遠ざかるラウルを眺めたり、広がる外の世界に目を輝かせる。
サガルフは自分の装備を布で拭っている。
そんな二人に咳払いをし、注目を促す。
「まずは下級ダンジョンを回る」
俺は馬車の中で言った。
「地理と魔物の傾向を掴む。レファルで行ったことあるダンジョンはニつしかねぇ。どっちも中級ダンジョンなんだ。だから、下級ダンジョンをいくつか回る。その後、中級に手を出すからな」
「七大迷宮にも?」
サガルフが聞く。
「行かねぇっての。まだ死にたくねぇだろ」
俺がそう言うと、サガルフは胸を撫で下ろす。
こいつ、才能に溢れてるのにビビりなんだよな。
命を守る上で大事なんだがな。
それとこいつ女の子入ると全然喋んねぇんだよな。
ロインの前にしろ、ちっぱいちゃんの前にしろ。
これから、露出の激しいヤツとかとバンバン遭遇するぞ。
それにロインは男だぞ。
まあ、男の娘でしか得られない養分があるからな。
サガルフ君も俺と同じ高みに来て欲しいものだ。うん。
そんなくだらない思考を他所にサガルフから視線を逸らす。
すると、ライカは窓の外を見ながら、ぽつりと言った。
「新しい街、楽しみ」
「そうだな。ラウルから出るのも初めてか」
ラウルの街並みがもう米粒程小さくなっている。
それでもライカは寂しがる様子はない。
ここで得たものは多い。
だが、それ以上に手放さずに済んだ。
馬車がレファルでゆっくりと進んでいく。
俺は隣に座るライカを一度だけ見て、前を向いた。
ライカはこちらの手を握る。
「エレウス、これからもよろしくね」
「ああ」
「もう見捨てちゃ、ダメ……だから……」
俺はもう片方の手でライカの頭を撫でる。
「置いてかねぇよ。行こうか、相棒」
「うんっ!!」
そう笑うライカは少し眩しかった。
責任とか自分の都合とか、今はもうどうでもよかった。
ただ分かっていることがある。
俺はこの手を離すことは、まだできそうにない。
一旦、ここで一章終了となります。
二章の書き溜めに入るため、一~ニ週間程お休みします。
更新時間は相も変わらず22:00でお送りいたします。
申し訳ありませんが、何卒よろしくお願いいたします。
パイパイ。




