線を引く
この街の南側。
住宅地と倉庫街の境目にあるその建物の前。
どう贔屓目に見ても冒険者ギルドの支部には見えない。
壁は年季が入り、木製の扉は何度も補修された跡がある。
看板も色褪せ、知らない者が見れば、誰かの住居だと思うことだろう。
だが、この街の面倒事は大抵ここを経由する。
俺は小さな民家もとい冒険者ギルド・南支部に来ていた。
「とっつぁん、話がある」
奥の部屋から、椅子を引く音と共に低い声が返ってくる。
「俺はねぇ。アリウス……っと、今はエレウスだったな。めんどくせぇからアリウスでいいな」
「どっちでもいいさ。それより、地下で見つかったダンジョンはどうなったか知ってるか?」
ライカが冒険者としての決意の一歩を踏み出した翌日。
スライム狩り中に出逢ったロキア、エレド、アリオの三人組の冒険者。
流れでその先の調査をし、高位冒険者様に警戒されちまった記憶がある。
あのダンジョンのことだ。
とっつぁんは顎に手を当て、しばらく天井を見上げた。
「確か『蠢く泥中』という名前で中級ダンジョンに設定されたはずだ」
「ダンジョンを『消去』しなかったのか?」
「それがボスが見つからないらしい」
「……ボスが、か」
基本ダンジョンは突如として現れる。
原理も法則も分かってはいない。
もうそういうものだと納得している風潮がある。
これも何故か知らないが、初めてそのダンジョンのボスが攻略されると、ダンジョン名が書かれた下に『このダンジョンを消去しますか?』という一文が記された羊皮紙がドロップされる。
『消去』を選択すると、あたかたもなくダンジョンを消去することができる。
何もしなければダンジョンは残った状態となり、ダンジョンボスも、他の魔物も定期的に復活することとなる。
これもディーさんの話を統合するに、ダンジョンの仕様なのだろう。
残ったダンジョンは地域の冒険者ギルドが管理することとなる。
その際に羊皮紙を回収される。
羊皮紙の所有がダンジョンの所有と同義であるからだ。
所有権は完全に冒険者ギルドとなる。
過去に所有権を冒険者に託してしまったことにより、突如ダンジョンが消えてしまった事態がある。その影響で周辺地域は寂れてしまい、都市が消えてしまった程の大事件。
当然、その冒険者は指名手配され、冒険者資格剥奪と無期迷宮立入禁止の他に、冒険者ギルド管轄の施設使用禁止と、厳しい処罰を受けた。
社会的に殺された冒険者は田舎に帰ったと聞いたが、それっきり何も聞かない。
恨みで誰かに葬られたのかもしれないが。
羊皮紙さえあれば、いつでも誰でも『消去』できる。
よって、このような複雑な制度となった。
これは表には出ていない話だが、『消去』にはもう一つ意味がある。
もはや特権ともいえる。技能の習得だ。
ギルドに報告せずに『消去』したらどうなるのか。
気になったのでやってみたことがある。
下級であれば、状態異常耐性。
中級であれば、物理・魔力の攻撃系統、もしくは上昇系統。
上級は分からない。
前世では『毒耐性―F―』『風魔法―D+』。
そうだ。だから、俺は風魔法も使うようになったんだった。
すっかり、忘れていたな。
ちなみにギルドに報告せずに『消去』したことが判明すれば、上記と同じ対処を受けることになる。
バレなくて良かった。本当にな。
「……そういや」
とっつぁんが、ふと思い出したように言った。
「ロキアの踏破記録、見たことはねぇよな」
「踏破記録?」
「ダンジョンの公式履歴だ。踏破者、消去判断、被害状況。全部残る」
「俺が見る機会はねぇだろ。そんなもん」
「だろうな」
とっつぁんは鼻で笑う。
「だが、あいつの名前は嫌でも目に入る。最近見つかった中級以下のダンジョン。初回踏破の欄にほぼ必ず載ってやがる」
「……」
「載るってことはな」
とっつぁんは指で机を軽く叩いた。
「そのダンジョンに関わった証が残るってことだ」
なるほどな。関われば、名が残る。
名誉というよりは、痕跡と意味が強いのか。
さて、話を戻そう。考えてもしゃーねぇ。
「どんなに有用なダンジョンでも都市の地下にあるんだから、一刻も早く『消去』しないといけないよな」
「ああ」
とっつぁんは声を低くする。
「『凍灼檻』ことロキアを筆頭に討伐に出たらしいが、見つからなかったそうだ」
「……ロキアが、ね」
「最近な」
とっつぁんは、ちらりとこちらを見る。
「その『凍灼檻』さんが、この街の冒険者を嗅ぎ回ってやがる」
「嗅ぎ回る?」
「誰かを探してるみてぇにだ。で、俺は思ったわけだ」
一瞬、間が空く。
「アリウス。お前なんじゃねぇか、ってな」
「それは突拍子もねぇな」
「俺は勘だけで生きてきた男だからな。だがまぁ、確証はねぇ。お前が昔、ギルドに報告せずに『消去』したのを知ってるからな」
「そいつはすまん。とっつぁん、これからも黙っといてくれ」
「まあ、俺にとっちゃどうでもいいがな」
そう言ってから、とっつぁんは少しだけ真面目な顔になる。
「ただな。踏破記録とは別に、もう一つある」
「ロキアのことか? 何がだ」
「内部評価だ」
「評価だと?」
「ランクとは違う。数字にも表にも出ねぇ。……回ってくるのは内輪だけってヤツだ」
とっつぁんは淡々と言った。
おいおい、そんなことまで言っていいのかよ。
それでも先を聞きたい俺は口を挟まずに聞く。
「“どこまで任せていいか”ってだけを見る評価だ」
「……」
「ロキアは、その線を越えてる側だ。報告が多少雑でも通る。動きが早くても止められねぇ」
「何も持ってない俺は?」
「決まってねぇよ。逆に怪しまれんだろ」
即答だった。
元は『迷宮の知者』なんだがな。
そこそこ有名な冒険者だったんだぞ、俺。
「お前がアリウス・ベベとして喋ったならな。『迷宮の知者』の言うことは違いない、って評価は覆らねぇだろうよ。でも今のお前は、無名のD級冒険者エレウス・ベベだ。嗅ぎ回られる側だろ。それに扱いが決まってねぇ存在は、組織にとっちゃ一番気持ち悪い」
ロキア・フィンセス。異名『凍灼檻』。
あいつが探っているのは、罪人じゃない。
俺の扱い方が決まらない。決められない、か。
心当たりはある。思いっきりな。
「この話はもういい。それで、もう一つ話があるんだろ」
とっつぁんは、話題を切り替えるように言った。
「よくお分かりで。ライカのことだ」
「だと思ったよ」
俺は、少し言葉を選んでから口を開く。
「ライカの面倒を見て欲しい」
「お前、ライカちゃんと話しあったのか?」
「いんや、これから話すが」
「なら、その後にまた頼め」
とっつぁんは素っ気なく答える。
「準備は早い方がいい。ライカはこの街でやっていける。俺と一緒に死ぬ必要はねぇんだ」
とっつぁんは、深く息を吐いた。
それは、それは深い溜息だった。
「お前は分かってねぇな」
「……何が」
顔には出さないが、内心では苛立ちが生じる。
「ライカちゃんが何を基準に考えてるか、だ」
「あいつの生まれ育った街で、場馴れしたダンジョンもある。ここの方がいいだろう」
「お前にとっちゃ、そうかもしれねぇな」
とっつぁんは否定しなかった。
「だがな、場所ってのは理由の一部でしかねぇ」
「……」
「まあ、分かった分かった。とりあえず、話し合え」
とっつぁんは肩をすくめる。
「お前の思う通りには、いかねぇと思うがな」
「どういう……」
「話してこいよ」
一拍置いて、少しだけ柔らかい声になる。
「それにお前らしくねぇことをしてる」
「……」
「守ろうとして、先に線を引く。今までそんなことしたことねぇだろ。居なくなるやつは勝手にいなくなれ。代わりは誰でもいる。そんなヤツだったのによ……はぁ……。お前が今やろうとしているそれは確かに優しさでもある。だが、同時に逃げでもある」
俺は何も言えなかった。
「なあ、とっつぁん」
ふと、口を突いて出た。
「俺、そろそろこの街を離れるかもしれねぇ」
とっつぁんは、一瞬だけ目を細めた。
「なんだ今更。だから、預けたがってんだろ」
それだけだった。
否定もしない。驚きもしない。
まるで、前から分かっていたかのように。
「その前にライカちゃんと話すんだな。そいつだけは言っておくぞ」
とっつぁんは、いつものように豪快に笑った。
「俺はな。そんなお前が見れて、嬉しかったよ」
胸の奥が少しだけ軋んだ。
ライカと話す。
答えはまだ出ない。
だが、避けて通れる話ではない。
何を話せばいいのか。
どうやって別れを切り出せばいいのか。
それとも……いや、本当に。くそっ。
「とっつぁん、分かんねぇよ。俺」
「悩めよ。まだ若人ってことだな」
とっつぁんは、他人事のように笑い飛ばしていた。




