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迷宮の知者、再び。ー迷宮に取り憑かれた心と共に、二度目は人として生きていくー  作者: 宵永青空


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23/26

線を引く

 この街の南側。

 住宅地と倉庫街の境目にあるその建物の前。

 どう贔屓目に見ても冒険者ギルドの支部には見えない。


 壁は年季が入り、木製の扉は何度も補修された跡がある。

 看板も色褪せ、知らない者が見れば、誰かの住居だと思うことだろう。

 だが、この街の面倒事は大抵ここを経由する。


 俺は小さな民家もとい冒険者ギルド・南支部に来ていた。


「とっつぁん、話がある」


 奥の部屋から、椅子を引く音と共に低い声が返ってくる。


「俺はねぇ。アリウス……っと、今はエレウスだったな。めんどくせぇからアリウスでいいな」

「どっちでもいいさ。それより、地下で見つかったダンジョンはどうなったか知ってるか?」


 ライカが冒険者としての決意の一歩を踏み出した翌日。

 スライム狩り中に出逢ったロキア、エレド、アリオの三人組の冒険者。

 流れでその先の調査をし、高位冒険者様に警戒されちまった記憶がある。

 あのダンジョンのことだ。


 とっつぁんは顎に手を当て、しばらく天井を見上げた。


「確か『蠢く泥中』という名前で中級ダンジョンに設定されたはずだ」

「ダンジョンを『消去』しなかったのか?」

「それがボスが見つからないらしい」

「……ボスが、か」


 基本ダンジョンは突如として現れる。

 原理も法則も分かってはいない。

 もうそういうものだと納得している風潮がある。


 これも何故か知らないが、初めてそのダンジョンのボスが攻略されると、ダンジョン名が書かれた下に『このダンジョンを消去しますか?』という一文が記された羊皮紙がドロップされる。


『消去』を選択すると、あたかたもなくダンジョンを消去することができる。

 何もしなければダンジョンは残った状態となり、ダンジョンボスも、他の魔物も定期的に復活することとなる。

 これもディーさんの話を統合するに、ダンジョンの仕様なのだろう。


 残ったダンジョンは地域の冒険者ギルドが管理することとなる。

 その際に羊皮紙を回収される。

 羊皮紙の所有がダンジョンの所有と同義であるからだ。

 所有権は完全に冒険者ギルドとなる。


 過去に所有権を冒険者に託してしまったことにより、突如ダンジョンが消えてしまった事態がある。その影響で周辺地域は寂れてしまい、都市が消えてしまった程の大事件。


 当然、その冒険者は指名手配され、冒険者資格剥奪と無期迷宮立入禁止の他に、冒険者ギルド管轄の施設使用禁止と、厳しい処罰を受けた。

 社会的に殺された冒険者は田舎に帰ったと聞いたが、それっきり何も聞かない。

 恨みで誰かに葬られたのかもしれないが。


 羊皮紙さえあれば、いつでも誰でも『消去』できる。

 よって、このような複雑な制度となった。


 これは表には出ていない話だが、『消去』にはもう一つ意味がある。

 もはや特権ともいえる。技能の習得だ。


 ギルドに報告せずに『消去』したらどうなるのか。

 気になったのでやってみたことがある。


 下級であれば、状態異常耐性。

 中級であれば、物理・魔力の攻撃系統、もしくは上昇系統。

 上級は分からない。


 前世では『毒耐性―F―』『風魔法―D+』。


 そうだ。だから、俺は風魔法も使うようになったんだった。

 すっかり、忘れていたな。

 ちなみにギルドに報告せずに『消去』したことが判明すれば、上記と同じ対処を受けることになる。

 バレなくて良かった。本当にな。


「……そういや」


 とっつぁんが、ふと思い出したように言った。


「ロキアの踏破記録、見たことはねぇよな」

「踏破記録?」

「ダンジョンの公式履歴だ。踏破者、消去判断、被害状況。全部残る」

「俺が見る機会はねぇだろ。そんなもん」

「だろうな」


 とっつぁんは鼻で笑う。


「だが、あいつの名前は嫌でも目に入る。最近見つかった中級以下のダンジョン。初回踏破の欄にほぼ必ず載ってやがる」

「……」

「載るってことはな」


 とっつぁんは指で机を軽く叩いた。


「そのダンジョンに関わった証が残るってことだ」


 なるほどな。関われば、名が残る。

 名誉というよりは、痕跡と意味が強いのか。

 さて、話を戻そう。考えてもしゃーねぇ。


「どんなに有用なダンジョンでも都市の地下にあるんだから、一刻も早く『消去』しないといけないよな」

「ああ」


 とっつぁんは声を低くする。


「『凍灼檻』ことロキアを筆頭に討伐に出たらしいが、見つからなかったそうだ」

「……ロキアが、ね」

「最近な」


 とっつぁんは、ちらりとこちらを見る。


「その『凍灼檻』さんが、この街の冒険者を嗅ぎ回ってやがる」

「嗅ぎ回る?」

「誰かを探してるみてぇにだ。で、俺は思ったわけだ」


 一瞬、間が空く。


「アリウス。お前なんじゃねぇか、ってな」

「それは突拍子もねぇな」

「俺は勘だけで生きてきた男だからな。だがまぁ、確証はねぇ。お前が昔、ギルドに報告せずに『消去』したのを知ってるからな」

「そいつはすまん。とっつぁん、これからも黙っといてくれ」

「まあ、俺にとっちゃどうでもいいがな」


 そう言ってから、とっつぁんは少しだけ真面目な顔になる。


「ただな。踏破記録とは別に、もう一つある」

「ロキアのことか? 何がだ」

「内部評価だ」

「評価だと?」

「ランクとは違う。数字にも表にも出ねぇ。……回ってくるのは内輪だけってヤツだ」


 とっつぁんは淡々と言った。

 おいおい、そんなことまで言っていいのかよ。

 それでも先を聞きたい俺は口を挟まずに聞く。


「“どこまで任せていいか”ってだけを見る評価だ」

「……」

「ロキアは、その線を越えてる側だ。報告が多少雑でも通る。動きが早くても止められねぇ」

「何も持ってない俺は?」

「決まってねぇよ。逆に怪しまれんだろ」


 即答だった。

 元は『迷宮の知者』なんだがな。

 そこそこ有名な冒険者だったんだぞ、俺。


「お前がアリウス・ベベとして喋ったならな。『迷宮の知者』の言うことは違いない、って評価は覆らねぇだろうよ。でも今のお前は、無名のD級冒険者エレウス・ベベだ。嗅ぎ回られる側だろ。それに扱いが決まってねぇ存在は、組織にとっちゃ一番気持ち悪い」


 ロキア・フィンセス。異名『凍灼檻』。

 あいつが探っているのは、罪人じゃない。

 俺の扱い方が決まらない。決められない、か。

 心当たりはある。思いっきりな。


「この話はもういい。それで、もう一つ話があるんだろ」


 とっつぁんは、話題を切り替えるように言った。


「よくお分かりで。ライカのことだ」

「だと思ったよ」


 俺は、少し言葉を選んでから口を開く。


「ライカの面倒を見て欲しい」

「お前、ライカちゃんと話しあったのか?」

「いんや、これから話すが」

「なら、その後にまた頼め」


 とっつぁんは素っ気なく答える。


「準備は早い方がいい。ライカはこの街でやっていける。俺と一緒に死ぬ必要はねぇんだ」


 とっつぁんは、深く息を吐いた。

 それは、それは深い溜息だった。


「お前は分かってねぇな」

「……何が」


 顔には出さないが、内心では苛立ちが生じる。


「ライカちゃんが何を基準に考えてるか、だ」

「あいつの生まれ育った街で、場馴れしたダンジョンもある。ここの方がいいだろう」

「お前にとっちゃ、そうかもしれねぇな」


 とっつぁんは否定しなかった。


「だがな、場所ってのは理由の一部でしかねぇ」

「……」

「まあ、分かった分かった。とりあえず、話し合え」


 とっつぁんは肩をすくめる。


「お前の思う通りには、いかねぇと思うがな」

「どういう……」

「話してこいよ」


 一拍置いて、少しだけ柔らかい声になる。


「それにお前らしくねぇことをしてる」

「……」

「守ろうとして、先に線を引く。今までそんなことしたことねぇだろ。居なくなるやつは勝手にいなくなれ。代わりは誰でもいる。そんなヤツだったのによ……はぁ……。お前が今やろうとしているそれは確かに優しさでもある。だが、同時に逃げでもある」


 俺は何も言えなかった。


「なあ、とっつぁん」


 ふと、口を突いて出た。


「俺、そろそろこの街を離れるかもしれねぇ」


 とっつぁんは、一瞬だけ目を細めた。


「なんだ今更。だから、預けたがってんだろ」


 それだけだった。

 否定もしない。驚きもしない。

 まるで、前から分かっていたかのように。


「その前にライカちゃんと話すんだな。そいつだけは言っておくぞ」


 とっつぁんは、いつものように豪快に笑った。


「俺はな。そんなお前が見れて、嬉しかったよ」


 胸の奥が少しだけ軋んだ。


 ライカと話す。

 答えはまだ出ない。

 だが、避けて通れる話ではない。


 何を話せばいいのか。

 どうやって別れを切り出せばいいのか。

 それとも……いや、本当に。くそっ。


「とっつぁん、分かんねぇよ。俺」

「悩めよ。まだ若人ってことだな」


 とっつぁんは、他人事のように笑い飛ばしていた。

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