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迷宮の知者、再び。ー迷宮に取り憑かれた心と共に、二度目は人として生きていくー  作者: 宵永青空


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夜の道

 夕方。

 ライカは図書館へ行き、戻ってきたら訓練室へ向かった。

 短剣をいじりたがっていたが、今日は持たせなかった。


「研ぐまで我慢だ」

「……うん」


 素直すぎるのも困る。

 だが、反抗されるよりはいい。


 俺は《仔羊の憩い》へ戻らず、反対方向へと歩き始める。

 ライカには、夜一人で食べるように言っておいた。

 しゅんとしていた様子に胸がチクリと痛む。


 たどり着いた目の前のドアをくぐる。

 焼き鳥の煙。酒の匂い。

 バカ笑いと罵声、冗談や下世話な話題が飛び交う。

 《くたびれ亭》は、相変わらず騒がしかった。


 本当はライカを連れてきたかったが、話ができなくなる。

 今日はお留守番だ。また今度一緒に連れてこようとしよう。

 ……俺は、何を言ってるんだろう。何なんだろうな、本当に。


 テーブル席に腰を下ろすと、すぐにロインが入店してきた。


「エレウスさん」

「おう」

「今日はなんだが顔が真面目ですね」

「今日はじゃねぇ。いつもだろ」

「クライズさんも来るんだよね?」

「ああ、呼んでるさ」


 少し遅れて、クライズも現れる。

 相変わらず女難に疲れ切った顔だ。

 去勢したらいいんじゃないか、いい加減。


「なんだよ。今日は女の子抜きか」

「ロインならいるぞ」

「女の子だぞっ。てへっ♡」


 2人は途端に胸に手を当てる。


「普通に可愛いんでやめてもらっていいですか」

「俺も心臓に悪かったぞ、マジで」

「待ってくださいよ。女の子は自分のことを女の子っていいませんから」


 そうこうしている内に三人分の酒が並ぶ。

 無言の乾杯を交わし、一杯目を煽る。

 思い思いに注文した焼鳥やら手羽先やらを摘む。

 しばらく他愛もない話をしてから、俺は切り出した。


「ロイン」

「うん?」

「相談がある」

「珍しいですね」


 クライズが眉を上げる。


「相談? 女か?」

「違う」

「じゃあロインが欲しいのか?」

「もっと違う」

「じゃあ何だよ」

「まあ……聞いてくれ」


 俺の様子からクライズの顔は真面目なものに変わる。

 ロインも微笑から真顔に戻っている。


「で、何です?」

「ライカのことだ」


 空気が少しだけ変わる。

 ロインの顔が、さらに真面目になった。


「……はい」

「将来的に、ライカを『この指とまれ』に迎えてほしい」

「え?」


 ロインが目を丸くする。

 クライズも言葉を失った。


「……お前、何言ってんだ」

「即答はしなくていい」


 ロインは箸を止めたまま、少し考える。


「僕が決めることではないですし、パーティメンバーも加入に反対はしないでしょう」

「……即答だな」

「ライカちゃん、働くでしょうし」


 ロインは淡々としている。

 だが、その目は少しだけ探っている。


「でも」

「ん?」

「なんだか、エレウスさんらしくないといいますか」


 クライズが横から口を挟む。


「基本、深入りしねぇよな。来るなら来い、去るなら止めない。そういうやつだろ」

「……」

「ライカのこと、嫌いじゃないんだろう。なんで、そんなことをするんだ」


 痛いところを突く。

 クライズは俺のことをよく見ている。ロインもか。

 出会ってまだ2ヶ月程度だが、お互いそんな浅い付き合いはしていない。

 ロインは俺を見つめたまま、静かに言った。


「エレウスさんはライカちゃんのこと、どう思ってるんです?」

「……」

「なら、聞き方を変えます。ライカちゃんをどうしたいんですか?」


 答えが出ないわけじゃない。

 だが、言葉にするのが嫌だった。


「……俺が決めることじゃない」

「でも、決めようとしてますよね」


 図星だった。

 ロインは言葉の続きを待っていた。ただ待つ。

 クライズが酒を煽り、ぽつりと言った。


「その様子を見るに置いてくのも、連れてくのも、どっちも地獄なんじゃないか」

「……分かってる」

「なら、曖昧にするな」


 ロインが優しく言う。


「向き合うべきですよ、きっと」

「……向き合ってるつもりだ」

「向き合ってるなら、手放す理由も、連れていく理由も言えるはずです。僕たちに相談することなく、ライカちゃんにそのまま伝えられるだけでいいじゃないですか」


 ぐうの音も出ない。

 焼き鳥が口の中で味がしなくなってきた。

 ロインが少しだけ視線を落とす。


「エレウスさん」

「ん」

「……それは優しさですか?」

「分からん」

「優しさって、時々残酷ですよ。自分が思う以上に」


 クライズが、珍しく真面目な顔をした。


「そうだな。置いてかれる方も辛いからな」

「……」

「でもよ。お前はそんな奴じゃない」

「分かんねぇよ」

「お前は決断できる奴だ。今のうちは悩んどけ」


 ロインが口元を押さえ小さく笑う。


「なら、覚悟を決めた方がいいです」

「……ああ」


 焼き鳥をもう一本口に運ぶ。

 味は戻ってこない。


 そのまま尻すぼみになっていき解散となった。

 会計はもちろん全て俺持ちにした。

 白けさせた俺が払うべきのが筋だろう。


 それに付き合ってもらって悪かったからな。

 余計に分からなくなってしまったが。




 夜。宿へ戻る道。

「ちょっと考えたい」と言い、2人と別れた。


 ラウルの灯りが遠くに滲んでいる。

 夜風が冷たい。身体にやけに染みてくる。

 酔っているはずなのに、頭は冴えていた。


 路地を一人で歩く。

 踏みしめる石畳の音がやけに大きく感じる。


「ライカを置いていく……」


 言葉にすると、胸が痛い。

 息を吸うたびに少しだけ痛む。


 俺がライカを拾った時。

 路地裏で、死んだ目をしていた浮浪児。


 技能だけを見て、仲間に引き入れた。

 ただ自分の得た能力を試したかっただけ。

 育てて、使って、どこかで別れればいい。

 そう思っていた。


 正直、恋愛感情じゃない。

 年齢差もある。

 そんなつもりはない。


 過去に後輩や若い冒険者と共にしたこともある。

 手ほどきをし、訓練に付き合ったりもした。

 だが、こんなに毎日のように一緒にいることはなかった。


 ライカの成長が嬉しい。

 生き生きしているのが嬉しい。

 あいつが笑うと、不思議なことにさ。


 何だか俺の方が救われる気がしていた。


 俺にとってダンジョンこそが全てだった。

 ダンジョン攻略が生き甲斐で、それ以外は些細なことだった。

 仲良くなったり、仲違いを繰り返す。

 それでも状況は進んでいく。それが常だった。


 俺は何を迷っている? 自分の都合だ。

 《小鬼の宴》で壊れた少年にも言った。

 てめぇの都合だ、と。

 幾度となく繰り返した言葉だ。


 過去の俺は全て自分都合で生きてきた。

 死にかけたとき、他の冒険者を巻き添えにして生き残ったこともある。

 割に合わない依頼を達成した後、依頼主の悪評を流し、結果的に首を括らせたこともある。


 元来、他人は所詮他人なのだ。

 俺の都合で決めて、守って、離れていい。


(……クソッタレだな)


 空を見上げる。

 星が綺麗だった。

 異様なまでに。


 こんな夜に俺は一人で歩いている。

 ライカは宿で眠っていることだろう。

 明日も同じ顔で「おはよう」と言うだろう。


 自分の都合を優先した。

 なのに、なんでだろう。

 このそこはかとない漠然としたこの気持ちは。


 離れることに、寂しい自分がいる。

 正直こんなことを自覚したくなかった。


「一緒にいて楽しい」と言われた記憶がない。

 全てお世辞だと変換してしまう偏屈な自分。

 俺はそういう人間なのだと思っていた。


 ライカは健気に「楽しい。ありがとう」と俺に言う。

 純粋無垢な眼差しを向けられることが眩しくて。

 俺をそんな風に思ってくれる。

 認識させてくれたのはライカが初めてだった。


 戸惑いがある。

 嬉しい時間と失ってしまう恐怖。

 ライカの笑顔を壊したくない。

 この平和な日常にいてほしい。


 しかし、冒険者は死が付き物だ。

 いずれどこかで死ぬ。

 俺自身もいつ死んでもいいと思っている。

 だが、ライカには……そうか、俺は……


 ライカに、死んでほしくないのか。


 そんな考えが頭をよぎった。

 好きという感情よりも、何よりも。

 やっと人生が楽しくなり始めたこの娘に。


 もっと幸せになってほしい。

 その気持ちが強い。


 ダンジョン狂の死にたがりではそんな大層なものは与えられない。

 教えられることも残りわずかだろう。


 だから置いていく。

 その選択肢しか浮かばない。

 それがライカにとって最善の幸せに違いない。

 そうだよな。そう思うしかない。


 矛盾している。

 だが、人間とはそういうものだ。

 そう思わなければ、俺の何かが、心のどこかが崩れそうだ。


(……決めた)


 やはり別れるしかない。

 ライカには生きてほしい。

 幸せになるためにもっと楽しみべきだ。

 ライカの幸せの中に俺が居てはいけない。


 足を止め、深く息を吐く。

 そして、歩いてはまた止まる。

 帰れば、ライカが待っている。

 その事実は当たり前で、苦しくて。


 ライカは置いていく。

 そうするしかないと。

 そう決めたはずなのに、な。


 今はその決意がひたすらに怖くて仕方ない。

 ライカのいない日常に戻ることを想像できずにいる。

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