任務
目が覚めると、俺は死んでいた。
なんと不思議だ。
こちとら水龍の高速詠唱を最後まで防ぎ切ったはずなのに死んだんだぜ?
前方には十分過ぎるくらいに気をつけていた。
流れ弾に反応できるように魔力探知も常時発動させていた。
全神経を総動員していた。
だから、怠慢による死ではない。
むしろ、水龍からの攻撃と魔法による事故ではないのは確かだ。
もう一つ分かることがある。
多分、即死。
俺自身が死んだと自覚する瞬間がなかった。
後ろから心臓を一突きか、首を切断されたか。
その二択だ。
どちらにせよ、誰かが裏切らない限り起こり得ない。
誰かが、裏切った……?
まあ、仕方のない話だ。
冒険者なんかそんなもんだよな。
むしろ苦しみながら死ぬことにならなくて良かった。
爺になるまでにどうするか迷っていた。
最後まで迷宮に潜れたのは幸せなこった。
さて、現在を整理しよう。
不透明な白色が地平線まで続く謎の空間に俺はいた。
この状況には違和感はない。
同時に安心感に似たような納得がある。
何故か死んでいることは分かる。
そして、そんな殺風景な場所に人影が見える。
少年っぽくもあり、少女のようにも見える美しい容姿の子供がポツンと一人立っていた。
今までの経験上、あれは遥かな高みにいる存在と判断した。
本気で戦っても勝てないだろうな。
大人しく話でも聞いてみるか。
もう死ぬこともないんだしな。
胸に言い聞かせるように話しかけることにした。
「さーせん、ここってどこか分かりますかい?」
「''魂の仮保管庫''って言えば伝わるかな」
返答はきっちり返ってきた。
耳の中から胸に浸透してくる優美な声音。
それとここは絶対、地上にある所ではないわな。
「うわぁ、ものすごく嫌な響きなんですが」
「だって、君もう死んでるじゃないか。自覚しているでしょう」
「まあ、そんなことだろうなとは思いましたが」
ふむ、ちゃんと死んでるのか。
なんだよ、ちゃんと死んでるって。
余計に俺の死因について知りたくなるところだ。
それにしても俺は何故ここに居るのだろうか。
あと目線の位置が前よりも低いんだよな。
気になるところではある。
「それで俺に何かしてほしいとかですかい?」
「おっ、話が早いね。もっと聞きたいことはありそうな表情をしているが」
「余計なことを考え続けても、疲れるだけなんで。なら、あんたの用事を終わらせて成仏させていただくよ」
目の前の人物はキョトンとした顔をする。
「なに言ってるんだい。君はまだ死なせないけど」
「は?」
「いや、転生させる気満々なんだけど」
「そうですかい……?」
転生? 何それ、どういった。えっ?
というより、生き返るんか、俺?
えっ、あっ、頭が回らねぇ。
なんで、何が目的なんだ。
ああ……聞いてみりゃ早いか。
「なんで、俺が転生させられるんですか?」
「君は『迷宮の知者』と呼ばれているらしいからね」
「まあ、そうみたいですけど。あんなもんは大袈裟だと思いますけどね」
「どういうことだい?」
子供っぽい何かが首を傾げている。
左手で髪の毛をわしゃわしゃと触りながら、溜息を洩らした。
「俺はダンジョンが好きだから、潜っていただけに過ぎないし。疾風怒濤だの、迷宮の知者だの、勝手な二つ名のために期待されちゃ困りますぜ。俺以外のメンバーも、魔物から採れる魔石だったり、生態調査したいだけだったり。ダンジョンだからこそ見つけられる武器・防具が欲しいから潜ってる。結局のところ、俺たち冒険者は欲深い生き物なんだよ。だから、二つ名のためにダンジョンに潜ろうとしてるヤツらは英雄願望が強く、それも一種の欲だが……えっとだな、つまり、俺はダンジョンが好きだって話だ。うん。それで転生させられる意味がイマイチ理解できないんですよ」
自嘲する軽い笑いを顔に浮かべる。
昔から説明が下手だとよくからかわれた。
(あいつは……元気にしてるだろうか)
少しノスタルジックを感じつつ、目の前のことに集中する。
曖昧な説明だった。
しかし、妙に納得したような顔で顔を縦に振っていた。
「なるほど。君がダンジョンに情熱があることが分かった。そして、むしろ君にとって良い条件だと思うんだけどね」
「それはどういう……」
子供はふと微笑んだ。
天使が悪魔の契約を持ちかけてくるような。
瞳の奥が見えない笑み。
「《水師》に成らないかい?」
「成らせていただきます」
即答させていただいた。
子供は怪訝な目線で後ずさった。
「ああ、そうかい。乗り気に見えなかったけど」
「俺はずっと水魔法が好きで好きで堪らなかった。初めに覚えた魔法も水魔法。冒険者時代に2年間無理矢理通った魔法学校でも水魔法を専攻した。他の魔法はいか仕方なく取得した魔法ばかりだったのに、水魔法の最高位《水師》には成れず……なぜか風魔法の最高位《疾風怒濤》に成ってしまった。だが、そんなことより……」
「一度落ち着きたまえよ」
子供は両手で上から下げるようなジェスチャーで落ち着くように促す。
そんなに興奮していたか。
自重するとしようか。できないだろうが。
とりあえず、別の聞きたいことを質問する。
「あんたは一体何者なんだ?」
「やっと、そこを聞いてくれるのかい。僕はそうだね、君たちの言う神の使いってところに位置するのかな。死者の管理及びダンジョンの管理を兼務担当している『D』っていうのが僕の名前かな」
「随分と無機質な……んじゃ、ディーさんでいいか?」
「うん。こちらこそ、是非そうしてくれると助かる」
「了解した」
ディーさんは咳払いをし、威儀を直した。
「さて、本題に入ろうか。今回ここに呼んだのは他でもない。君には何としてもやり遂げて欲しいことがあるんだ。さっきの様子だと承諾してくれると思うけど、どうかな?」
「まあ、俺の目的自体はそれでいいとして、そちらの何が目的なんだ」
こちらに頷きを返す。
「よろしい。それにも触れておこうか。この世界は……実は魔物と人間の力関係がちょうど均等になるように調整されている。理由としては世界滅亡を防ぐためという所が大きい」
「世界滅亡ですか?」
随分ときな臭く物騒な話になってきた。
「ああ、君が知っているように人間よりも魔物の方が圧倒的な存在。そこで人類が対抗できるように創られたのが……ダンジョンなんだよ」
……ああ、だからあれほど都合が良かったのか。
確かにダンジョンでは明らかに侵入者に対して、親切な造りをしているところがあった。
『安全地帯』。
『帰還石』。
『迷宮の産物』。
上記のものが存在するのも、こういった背景があったのか。
極めつきは魔物の強さも下層に近づけば近づく程に強さも比例するかのように強くなっていくことだった。
長年の疑問もこんな形で解決するとは思いもしなかった。
「冒険者育成のための訓練所といったところなのか」
「その通り、さすが迷宮の知者」
「茶化さないでください。しかし、人類も勝手に育つのではないのですか。ダンジョンを造らないといけない程に弱いと言われている気がしているが」
ふと疑問に思ったことを口に出す。
自分はダンジョンにばかり潜っていたが、ダンジョンに行ったことない人物でも強い人には何度も遭遇した。
しかし、ディーさんから帰ってきたのは首を横に振った反応だった。
「確かに勇者が誕生していることは承知しているけど、勇者が『十の天災』に勝てた話は聞かないだろう」
「じゅ、十の天災だなんて御伽噺だろ!!」
思わず声を荒らげる。
ディーさんは気にせずに話を続ける。
「そうだね。ここ200年近くは人類の前に現れていないからそう思うかもしれない。だけどもね、実在しているんだよ。その内の一体が最近きな臭い動きをしている。そこで死んだばかりの君に白羽の矢が立ったわけさ」
「そのために俺は殺されたんですか」
「いや、僕たちは本当に何もしていないよ。信じてくれ。そして、君が何故死んだかは把握している。けれども、知らなくていいことも世の中にはあるものだよ」
なんだか含みのある言い方だ。
これ以上聞いても仕方なさそうだな。
それにしても十の天災ねぇ……。
たった一体で大陸どころか世界を滅ぼすといわれる伝説。
人類が総力を挙げても敵わないとされる魔物達の総称である。
こうしてディーさんが言っているのだから、事実なのだろうな。
嘘をつく理由がない。
この短期間のやり取りで冗談を言う人には見えないしな。
「それで俺は《水師》と成り、十の天災を倒せとでもいうのですかい」
「うん」
「へ?」
予想外の返答だった。
「君に」
「はい」
「十の天災を倒す任務を授ける」
こうして俺は、1度目と2度目の人生を併せても類見ない最大の任務を受けた。




