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迷宮の知者、再び。ー迷宮に取り憑かれた心と共に、二度目は人として生きていくー  作者: 宵永青空


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双竜

 朝から妙に胸の奥が落ち着かなかった。

 ここ最近はずっとだが、健康に問題はない。

 大丈夫だろう、多分。大丈夫だ。


 数日前、サガルフと《小鬼の宴》を回り、ボス部屋まで辿り着いた。

 形にもなってきた。仲間も増えた。


 毎日《小鬼の宴》に行き、連携を確認することを繰り返す。

 ライカとサガルフのできることを増やしている最中だ。

 なのに、頭の片隅にずっと引っかかっている。


(……ライカの今後、か)


 俺はダンジョンに潜る。

 それだけで人生が回ってきた。

 今後もそれは変わらない。絶対に。


 だが、ライカはそうじゃない。

 ライカは生き直している最中だ。

 おかしな表現だが、やっと生きているんだ。


 何をどうしてやるべきか。

 どう「してやる」なんて偉そうな言い方も違うか。

 結局のところ……俺の都合で決めている。




 サガルフが加わって初めての休息日。

 サガルフは用事があるとのことで別行動。

 というわけで、昼前にライカと街を歩いていた。


 目的は一つ。武器の見直しだ。

 ライカは短剣に慣れてきた。

 投擲も安定してきている。


 だが、今の短剣は上等なものではない。

 曲がり、刃こぼれ、柄の緩み。

 いつ折れてもおかしくない。


「今日は武器屋に行くぞ」

「武器屋?」

「そろそろ、そのナイフも限界そうだしな」

「うん、このナイフ頑張った。そろそろ引退」


 ちゃんとした返事。

 たどたどしい言葉遣いのところもあるが、語彙も増えてきた。

 そんなライカが向こう側へと指を差す。


「エレウス、あの串焼き。美味しそう」

「食べたいのか」

「うん。エレウスも、食べる」

「一口だけもらう。まだ朝飯食ったばかりだ、こっちは」

「ライカも食べた。もっと食べたい」


 昔のライカであれば、この串焼きだって盗んでいたものだっただろう。

 もしくは奪った貨幣で食べていたに違いない。

 今では自分で稼いだ真っ当なお金で生活ができるようになってきている。


「おじさん。串、2本」

「おっ、可愛い嬢ちゃんだね。あっちのお連れさんはお兄ちゃんかい? お兄ちゃん1本じゃ足りなそうだし、お嬢ちゃんの可愛さに免じて1本プレゼントしようかな!!」

「ありがとう。優しい」

「毎度ね。また俺を見掛けたら寄ってくれや」

「バイバイ」


 屋台のおっちゃんと会話のやり取りをしているライカに驚きを隠せない。


(変わったな。俺が変えてしまったというか……あの時に出逢わなければ、こんな場面も想像もできなかった)


 クライズやロインといったある程度の親しい人と話すのを見ることはあった。

 こうして知らない誰かとも多少なりとも会話ができるようになっている。

 初めて知った。


 串を3つ手に持ったライカがこちらに戻ってくる。

 俺は1本貰い、残り2本はライカに渡せたままにする。


「流石に3本は食えないだろ」

「ライカ。食べれる、よ?」

「どんな腹してんだよ」

「おじさん。見る目ある。いっぱい食べれる」

「多分食い違ってるが、いいか」

「ん?」


 ライカは一口かぶりつく。

 咀嚼しながら目がぱあっと見開いていく。


「肉、美味しい」


 少しずつ感情を出せるようになってきた。

 もはや、死んだ目をしているなんて言えない。


 細身の体にまだ入るのかと思うと笑いが零れる。

 俺の様子にこてんと首を傾げる。

 ライカの成長が嬉しい。

 そんな嬉しさと同時に何ともいえない息苦しさを感じることが多くなってきた。


 ライカが全ての串焼きを食べ終えた頃。

 お目当ての場所へとたどり着く。


 ラウルで有名な武器屋。

 店先には武器がずらりと並び、鎧や盾の類も整然と掛けられている。

 明るい照明、整備用の油と鉄が混じりあった匂い。


「いらっしゃい。冷やかしでもいいぞ」


 声をかけてきた店主は、口調こそ軽いが目つきが鋭い。

 職人の目。嫌な目つきをしてやがる。

 金払いがいい客も、冷やかしも、瞬時に見抜く類だろう。


 ライカは視線を泳がせながら、刃物の棚へ近づく。

 だが、俺の足は別の方向へ向いた。

 奥の方。投げ売りの箱。


「……いいもん、あるじゃねぇか」


 紅と蒼の短剣が二振り。

 刃はくすみ、柄も傷だらけ。

 だが、芯は生きている。


「双竜。いい名前だ」


 銘が彫ってある。

 元はかなり値の張る一品だっただろう。

 もったいない。まるであの時ライカを見つけた時のようだ。


「これ、安いな」

「そりゃそうだ。くすみが取れねぇ。使い物にならん」

「使い物になるさ」

「ほう」


 店主が興味深そうにこちらを見る。


「水魔法か魔力を含んだ水を三日漬け込んだ砥石で研くだけだ。新品同様に戻るぞ、これ」

「そんなもんで直んのか。聞いたことがねぇな……お前、何者だ」

「通りすがりの冒険者さ」

「信用ならん」


 口は悪いが目は笑っている。

 職人の癖にこういう話が好きらしい。


「これ、買う」


 ライカがそう言い放つと、ごそごそと懐を探っている。

 どうやら、お気に召したらしい。


「ああ、金は俺が払うがな」


 目が大きく見開かれていた。


「え、でも……私のお金……」

「お前の金は残せ」

「でも……」

「どの道、金は必要になる。持っといて損はねぇからな。好きなもんでも食っとけ」


 嘘ではない。

 ライカがこの先、どう転ぶにせよ。

 金は必要だ。何があっても、な。


 俺は短剣を手に取り、重さを確かめる。

 紅は少し重い。蒼は軽い。

 投げに向くのは蒼、切り込みは紅。

 悪くない。ライカにぴったりだ。


「決まりだな」

「……ほんとに、いいの?」

「いいさ、会計してくる」


 店主が鼻を鳴らし、代金を告げる。

 今の俺にはそこそこ痛い出費だが、気にしない。


 ライカはしばらく短剣を見つめていた。

 そして、恐る恐る受け取る。

 ぱあっと笑顔が花開く。


「……大事にする」

「ぼちぼち頑張れよ」

「折らないようにする。頑張る」


 そう言って、ほんの少しだけ口角が上がった。


(……こういう顔をさせてしまうと、厄介だ)


 俺の方が。本当に自分が嫌になる。

 この時間が長く続きはしない。

 紅と蒼の短剣を握るライカはいずれ俺の手が離れる日が来る。


 今はただ笑顔を直視できやしない。

 双竜はその覚悟の代わりに選んだ餞別。

 もう別れは近い。ダンジョン攻略後にまた。

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