前に立つ者
次の日、宿の食堂でサガルフと待ち合わせ。
食事をした後に、ダンジョンへと直行した。
《小鬼の宴》特有の、生臭く湿った空気。
壁にこびりついた血の跡は、すでに見慣れたはず。
なのに、今日はやけに濃く感じる。
理由は一つ。サガルフの初陣だからだろう。
「前、俺が行きます」
目の前にはゴブリンソードマン3体。
サガルフが一歩前に出た。
盾を構え、背中越しにこちらを見る。
「頼むぞ、サガルフ君よ」
「は、はい。頑張りますっ!!」
声は震えていない。
肩に力が入ってるのが見える。
どこか余裕もない。当然か。
最近、パーティが壊滅したばかりだ。
今日からは違う。
俺たちと共に肩を並べる。
慣れないメンバーとなら仕方ないものだ。
「ライカ、俺の右後ろ」
「……分かった」
「今日は投擲メインだ。投げは合図を見てからだ」
ライカが小さく頷く。
視線はサガルフの背中に向いていた。
「ソードマン3」
「了解!!」
サガルフが前に出る。
盾が嫌な金属を音を立ててゴブリンの剣を受け止めた。
よろけるどころか、剣を跳ね返す。
一切、崩れるイメージが湧かない。
「っ……!」
二撃目。三撃目。後退しない。
むしろゴブリンの方が後ろに下がっていく。
盾役として、必要なことを。
いや、それ以上のことをやってのけてる。
「今だ」
俺の声に、ライカが動く。
短剣が弧を描き、ゴブリンの喉に吸い込まれる。
そして、額、心臓にもナイフが突き刺さる。
サガルフの盾が叩き込まれる。
「はあっ!」
鈍い音。
ナイフが内部へと深々と侵入していく。
骨が砕ける感触が、こちらにも伝わる。
間違いない。こいつは本物だ。
「サガルフ、あまり前に出るなよ」
「了解!!」
これでまだE級だという。
指示に忠実。だが、自律し行動する。
お手本のような盾役。
これだけの仕事ができるのは高位冒険者でも中々いない。
前衛が立てば、後ろは仕事ができる。
後ろが生きていれば、前は倒れない。
たったそれだけの循環。
それができないパーティが多い。
故にパーティの要は後ろに攻撃を通さない盾役だと常々思う。
頑丈でも死のリスクが高いから誰もやりたがらないってのもあるがな。
「……いいな」
思わず心の声が漏れた。
ライカがこちらを見る。
何か言いたそうに、もにょもにょさせている。
「あとで、話……ある」
「おん? あとで、な?」
その後も、戦闘は続いた。
ゴブリン。
ゴブリンソードマン。
ゴブリンマジシャン。
3種類が入り交じった複合部隊。
数は多く、手数も多い。
しかし、連携は拙い。
サガルフは前に立ち続けた。
倒れない。感心するほどに倒れない。
攻撃を受け、弾き、押し返す。
派手さはない。凄さも分かりづらい。
「エレウスさん!」
サガルフが叫ぶ。
「来ます!」
奥から現れた影。
細身の体躯。細い剣を携えている。
通常のゴブリンよりも薄い黄緑色の肌。
人間の上着を腕を通さずに肩にかけている。
こちらをギロリと見据えると、ニヤリと口角を上げる。
ゴブリンフェンサー。
このダンジョンの中ボス的立ち位置だ。
部下を引き連れており、ざっと数十匹だ。
「今までと違うぞ。気ぃ抜くな」
「はい!」
慟哭にも聞こえる大声を挙げると、こちらに向かってくる。
フェンサーは速い。明らかに動きが違う。
一歩で距離を詰めてきて、打突を放つ。
「くぅ!?」
サガルフの盾が、ぎりぎりでそれを受けた。
衝撃が強い。
サガルフの足は地面に着いているにもかかわらず、後ろへ軽く仰け反る。
「っ……!」
フェンサーの攻撃は止まらない。
一歩、二歩。
攻撃を放たれる度にサガルフは後退を続ける。
「無理すんな!!」
「まだ……行け、ますっ!!」
歯を食いしばる。
「ライカ、周りの敵は?」
「今、終わった」
ライカはいつの間にか投擲を終えていた。
辺りには既に絶命済みのゴブリンが倒れるばかり。
残るはフェンサーのみ。
ライカはフェンサーにもナイフを投擲するも、剣先で弾かれる。
その一瞬が隙になる。
「今だ!」
水のツルがフェンサーの足に絡みつく。
片足のみだが、身動きは取れない。
フェンサーが体勢を崩す。
サガルフは盾を構えて突撃する。
「はあああっ!」
フェンサーは苦し紛れに剣を前に出すが、押し返される。
拙い。だが、必死だ。
サガルフはそのままフェンサーを壁際まで押し込む。
「サガルフ!!」
「任せてください!!」
およそ3度程、壁に押し付けたフェンサーを盾で殴打する。
サガルフは壁から離れると、ぐったりした様子のフェンサーが痙攣している。
「ライカ、今だ!」
「……っ!」
フェンサーの脳天に投げナイフが直撃する。
声もなく倒れた。そのまま静止。
しばらく、誰も動かなかった。
「……勝った、の?」
「勝ったな」
サガルフは、その場に膝をついた。
肩で息をしている。
額やら首やら汗が尋常じゃない量が滲んでいる。
「すみません……」
「何がだ」
「……時間、かかって」
俺は首を振る。
「上出来だ。これからもこの調子で頼む」
ライカが、そっとサガルフの横にしゃがむ。
「……すごい。サガルフ、えらい」
「ありがとう。えっと……」
「ライカ」
「ライカさんも凄いです」
「ありがとう。サガルフ、良い人」
二人の間に、奇妙な安心感が流れる。
「エレウス、私は?」
「良い仕事をした」
「ブイっ!!」
ピースサインを突き出し、目を細め笑う。
その様子にサガルフは惚けていた。
ふむふむ、青い匂いがするな。泣きそう。
もっとふざけたいところだが、一旦置いといて。
「さて、これは久しゅうだな」
その先で、俺は壁に目をやった。
扉。何百回何千回と見てきた重い扉。
胸の高まりが止められなくなっているのが分かる。
「つ、ついに見つけちまったなぁ〜うほぉ!?」
ボス部屋だ。ダンジョンボスがいる。
あのボス部屋だ。
ライカはきょとんとした顔でこちらを見る。
サガルフはそれを見て理解した。
「……行くんですか?」
「いや」
佇まいを正し、コホンと咳払い。
俺は首を横に振る。
「一週間後だ」
「え?」
二人が同時にこちらを見る。
「準備は徹底的にする。踏破するぞ、ここを」
沈黙。
やがて、二人は頷いた。
「……分かりました」
「……うん」
帰り道の間、誰も多くを語らなかった。
1週間後が楽しみで仕方なかった。




