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迷宮の知者、再び。ー迷宮に取り憑かれた心と共に、二度目は人として生きていくー  作者: 宵永青空


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《小鬼の宴》

 本当に久しぶりに来た。

 悪い意味で何ひとつ変わっていない。

 ああ、汚ぇったらありゃしねぇ。


 臭い、汚い、気持ち悪いの三拍子。

 いや、三拍子どころじゃない。

 帰りたい、来たくない。

 こじつければ四拍子も五拍子も、それ以上にある。


「ねぇ、エレウスぅ……」

「これも修行だと思ってくれ」

「ここ、やだ」

「俺もだ」


 即答だった。

 ダンジョン《小鬼の宴》。

 名付けたやつの感性を疑う。

 宴どころか悪夢の寄せ集めの間違いだと思う。


 入口を一歩踏み込んだ瞬間、空気が変わる。

 湿った獣臭、焦げた脂、腐った食料、排泄物。

 全部が混ざり合って、鼻腔をぶん殴ってくる。


「……うっ」

「無理なら、外で待ってるか?」

「……大丈夫」


 ライカは鼻と口を押さえながらも、首を横に振った。

 とても苦しそうだ。俺もなかなかキツイ。


 足元はぬかるみ、壁には意味不明な落書き。

 獣の骨。折れた武器。干からびた何かの死体。

 秩序もクソもない。

 無秩序が闊歩しまくってる。


「なぁ、ライカ」

「……なに」

「ゴブリンはな、弱い」

「……うん」

「でも、知恵がある。臆病なのに残酷。一匹だけなら何も出来ないが、束になれば無敵になる」

「……うん」


 奥から、笑い声が聞こえた。

 人間の? いや、このダンジョンの魔物。

 甲高く、耳障りの声が響く。


「キシシッ……」

「キシッ、キシキシ……」


 来たな。キショいヤツらが。

 岩陰から、緑色の影が二つ、三つ。

 剣を持ったゴブリンソードマン。

 今回の獲物だ。


 粗末な鉄剣。柄はすっかり擦りきっている。

 所々が欠けており、錆だらけ。

 だが、振りの速さは抜群だ。


「数は五」

「……多い」

「大丈夫。最初は俺が前に出る」


 俺が一歩踏み出した瞬間。


「ギィッ!!」


 ゴブリンの一体がニタニタと笑いながら、こちらに突っ込んできた。

 軽く避けるだけ。

 剣の柄を水弾で叩き落とし、手元がお留守になる。


「今だ、ライカ」

「……っ!」


 ライカは既に動いていた。

 その動作に迷いがない。

 躊躇なく、ナイフを抜刀していた。


「ギ、ギィ……」


 ナイフが喉元に吸い込まれ、首から血液が滴り落ちる。

 ゴブリンが倒れ伏して沈黙。

 ライカの手を見てみるが、震えていなかった。


 その様子見ていた他のゴブリンはぎゃあぎゃあ騒ぎ始める。

 無様にも果敢にこちらへ走り寄ってくる。

 ライカを囲もうとする動き。


「後ろに気をつけろ」

「分かってます!!」


 背後から来た個体に、ライカは振り返りざまに踏み込む。

 土手っ腹に命中。

 そのまま体重を乗せて押し倒す。


「……っ」


 短い息。口から唾と血を吐き出される。

 頬に飛んでくるが拭き取る余裕もなく、次の標的に目線を移す。

 ライカの手から投擲されたゴブリンの額にクリティカルヒットする。


「ギィィィッ!!」


 悲鳴はすぐに止み、ゴブリンは事切れた。

 残り二体は剣を投げ捨て背中を見せる。


「ライカ、任せた」

「……うん」


 ライカは走る。

 小柄な身体で、ぬかるみを蹴り、距離を詰める。

 走る速度は歴然の差だった。

 すぐに背中へ追いつき、刃を突き立てる。


 最後の一体。

 腰を抜かし、地面に座り込む。

 ライカを見つめる瞳は恐怖に支配されている。


「ギ、ギィ……」


 命乞いのつもりか。

 足と手を地面に付けて、頭を垂れる。

 全く意味のない行為。

 しかし、ライカは一瞬だけ立ち止まった。


「……」


 その目が俺を捉える。


「どうする?」


 あえて意地悪な問いかけを投げる。


「……もちろん、殺す」


 声は低かった。


「ゴブリンとはいえ、1つの命だぞ?」

「生かしたら、私が殺されちゃうかも」


 だが、揺れていない。


「それに」


 まだ言葉は終わらない。


「エレウスも危なくなるかも、だから」


 正しい。あまりにも。

 ライカは一歩踏み込み、うなじに刃を立てる。

 ゴブリンは音もなく倒れる。

 静寂。血の匂いがより濃くなった。


「平気か」

「……気持ち悪い」

「だよな」

「単純にゴブリンが嫌いなだけ」


 ライカの表情は自然体そのものだ。

 無理はしていないようにみえる。

 だが、ほんの少しだけ。

 持っていたナイフの先が震えている。


「それならいい」

「うん」


 咎めることも、諭すこともしない。できない。

 そこまで踏み込むと、ライカのためにもならない。


 奥へと進む。

 焚き火跡。骨の山。

 数体のゴブリンが壁に寄りかかり、息絶えている。

 他の魔物の死体。いや、これは……。


「ライカ、こっちには……」

「エレウス」


 だが、遅かった。


 革鎧。折れた槍。血に染まった聖堂服。

 冒険者のものだろう。

 いや、だったものか。


 それも数人規模。1人2人ではない。

 パーティなのだろうが、これは全滅だな。

 そんなに前じゃない。ここ数日のことだろう。


「……平気。これ、慣れなきゃ」

「依頼も終わった。今日は帰るか?」

「路地裏でも、たまに見てた。から、平気……」


 ライカは唇を噛んだ。

 泣かない。目を逸らさない。

 俺はどう声を掛ければ、躊躇ってしまった。

 それでも尚、ライカは言葉を続けようとする。


「まだ、かえら……」


 その時だった。


「――――っ!!」


 奥から、甲高い悲鳴。

 ゴブリンの声?

 いや違う。


「助け、呼んでる?」


 どうやら、人間の声だ。それも複数。

 風の向きを魔法で変えて耳を澄ます。

 臭いが鼻を刺激するが、今はそれどころではない。


「もはや蹂躙だな」


 戦闘中の声じゃない。剣戟の音がしない。

 慌ただしい足音のみが木霊する。

 俺は何度もこの感じを覚えている。


「行くぞ」

「……うん」


 もう追い詰められている寸前だろう。

 間に合えばいいが、大抵の場合はお察しの通り。

 それでも走る。闇の奥へ。ライカと共に。

 可能性があるのなら、諦めていい理由など皆無。


「誰かぁ!? うわぁぁぁあああ!! 誰かぁ!?」

「来ないで‼ 私の身体から離れてよ‼ きゃあぁぁぁああ‼」

「嫌だ嫌だ嫌だっ!! 来るな!! 来るなって」


 声が、1つ。また1つ途切れていく。

 俺とライカは、顔を見合わせる。


「……無理してるか」

「うん、今すぐ逃げ出したい」

「なら……」


 俺が何かを言う前に、ライカが言葉を遮る。


「私、エレウスの傍にいる」

「おう……?」

「絶対に、絶対……絶対離れたくない」


 ライカはナイフを抜刀し、両手に握りしめる。

 その刃に、もう迷いはなかった。


「よく分かんねぇけど」


 俺はどんな言葉を投げかければよかったのか分からなかった。

 だから、思った通りのことをそのまま言うことにした。

 ライカの頭に手を置いて撫で回す。


「強くなったな」


 ライカは一瞬だけ目を見開くも、すぐに視線を落とす。


「……私、強くなんて……」


 そう言いながら、頭を撫でていた俺の手を、

 振り払おうとはしなかった。


「強いさ。充分すぎるぐらいに、な」


 頭から手を離し、俺はライカの前へと歩く。

 膝を曲げて、目線を合わせる。


「頼りにしてるぜ、相棒?」


 ライカは少し困ったような、不思議そうな顔をする。

 しかし、それも一瞬で。


「うん。私、相棒になる。なりたい」

「なれるさ。ライカ、行くぞ」

「はい!!」


 この先の大惨事を見ることになるのは想像に難くない。

 けれど、今は少し。

 この娘の成長の感動に浸ってもいいだろう。


(本当に強くなったな、ライカ)


 ただただ嬉しい。それだけだ。

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