転機
何気ない日常。
そう言ってもいいくらいだ。
あれから1日休息日を設け、ライカを休ませた。
俺自身も能力を取り戻さなければならず、鍛錬するのに持ってこいだった。
下水道の一件はA級の美人さんに丸投げした。
深く関われば、面倒なことに巻き込まれる。
それ以上にライカの成長が阻む方が深刻だ。
(まあ、その考えた割には羽目を外してしまった。未知のダンジョンはやはり楽しかったな)
後悔はするが、反省はしない。
ダンジョンのことなら仕方ないからな。
ライカを定位置で待たせ、意を決する。
ごった返しになっているいつもの掲示板の前に行き、衣類を乱されながら依頼書をちっぱいちゃんに渡しに行く。
依頼をこなすよりもこの作業が一番の重労働。
こうしてみると、昔の俺って凄かったんだな。
直接、受付嬢もしくはギルドマスターからの依頼をやるのが常だったからな。
初心に戻れたようで嬉しい限りだ。
「今日もよろしく〜」
「……あ、エレウスさん。どもです」
「元気ないな。彼氏さんとお別れでもした?」
「……」
黙りこくるちっぱいちゃん。
地雷を踏んでしまったかもしれない。
「わ、悪い。軽い冗談つもりで、さ」
「エレウスさんって、やっぱり……」
「やっぱり……?」
「若者臭くないですよねぇ〜」
ちっぱいちゃんがぽつりと呟く。
声に棘はない。
だが、妙に落ち着きがない。
「誰が言われても、それは嬉しくない言葉だなぁ」
「でも、事実ですし」
「事実は時に人を傷つける。どこかの偉い冒険者様も言ってるんだからな」
「はいはい。で、今日は何の依頼です?」
話題を切り替えるのが早い。
というよりは、無理矢理変えたというべきか。
ほんの少しだけ目線を周囲に向けている。
(まあ、何となく分かるがね)
ギルドの空気が、少し変わっている。
「まあ、いつも通りのやつだ」
「エレウスの言葉は信用ならんですけどね」
「受付嬢が言う台詞じゃないな」
そう言いながら、依頼書を差し出す。
「……これ、選びました?」
「おう」
「わざわざ?」
「わざわざ、だな」
「まだ、居なくならないでほしいなぁ……」
ちっぱいちゃんはボソボソと話し、最後の方に言った言葉は聞こえなかった。
依頼書と俺の顔を見比べてから、ふぅっと小さく息を吐いた。
「最近、街も外も、あんまり平和じゃないです」
「知ってるさ」
「……即答ですね」
「空気が変わった時ってのは、案外分かりやすいもんだ。匂いとか、他人の動きとかな」
ペンを走らせながら、ちっぱいちゃんがぽつりと続ける。
「街の地下にダンジョンが発見されました」
「へぇ」
「現在、調査中でA級冒険者やB級冒険者の皆さんで攻略チームが編成されています」
「豪華なこって」
冗談めかして返すが、内心では納得していた。
都市の真下にダンジョン。しかも複合型。
ギルドとして放っておく理由がない。
「……エレウスさん」
「ん?」
「下水道では何もなかったんですよね?」
ペンが止まる。
ちっぱいちゃんは、こちらを見ずに言った。
「なーんもなかったよ」
「そう……ですか……」
「……だが」
「はい」
「潮時、ってやつかも」
「……」
「大して深い意味はないがな」
言葉を切る。
受付嬢としてじゃなく、一人の人間として聞いている気配がした。
「長居する場所じゃなくなった。それだけだ」
「……そうですか」
依頼書に判を押し、こちらに返してくる。
「じゃあ」
「うん?」
「ライカちゃんのことも」
「それは言われなくてもだ」
「なら、頼みますから」
ちっぱいちゃんはようやく少しだけ笑った。
「エレウスさんって、やっぱり」
「やっぱり?」
「変な人ですね」
「今さらだろ」
「デリカシーもないですしね」
「うっせ」
掲示板から離れ、ライカの待つ場所へ向かう。
柱の陰で、彼女はいつも通り立っていた。
「遅い」
「ごめんごめん、雑談が長引いた」
「……また変なこと言った?」
「否定はしない」
依頼書を見せる。
・ゴブリンソードマンの剣納品【D】
ー見習い鍛冶師の打ち直しにピッタリ。
最低でも3本。それ以降は要相談。
ライカは、文字を追い、すぐに顔を上げた。
「ゴブリン?」
「おう」
「人型?」
「だな」
「……ちょっと、怖い」
眉がわずかに動く。
「怖い?」
「……まだ慣れない」
「それでいいさ」
歩き出しながら、続ける。
これから向かうダンジョンの忌々しいヤツらの話を。
「小鬼はな、知恵が回る。弱いくせに、数と連携で来る」
「厄介?」
「そう、厄介。だから行く」
ライカは一瞬黙り、それから小さく頷いた。
「……慣れ?」
「そういうこと」
街を出る準備を進めながら、頭の中で地形を組み立てる。
開けた場所、段差、岩陰。
どこもかしこもゴブリンだらけ。
旧採石場だった場所にゴブリンが住み始めて、繁殖した結果生まれてしまった下級ダンジョン《小鬼の宴》。
撒き散らされて放置された排泄物。
場所を選ばずに繁殖行為をする汚さ。
相手にしたくない魔物としても有名だ。
そして、今回のダンジョンは宴と名が付く以上、焚き火と見張り役も存在する。
夜目が効くゴブリンには焚き火など本来不要なものだ。
(いい勉強になるだろうな)
強すぎない。
だが、油断できない相手。
今のライカにこれ以上の教材はない。
人型魔物に対する距離感を掴むにも最適だ。
「エレウス」
「ん?」
「……殺すことになる?」
「なるな」
「……」
「大丈夫だ。最初から全部は求めない」
少しだけ歩調を緩める。
「怖くなったら、やめればいい。」
「……」
「そのために俺がいるんだからさ」
「分かった」
街の門を抜ける。
背後で、ラウルの喧騒が少しずつ遠ざかっていく。
(しばらくはここで慣れさせたら、次の街へと向かうとするか。ライカは……)
横目で手を繋いでいるライカを見つめる。
(俺はどうするべきだろうか)
空を見上げると、青い空が広がる。
何も悩みなどないかのように、眩しく。
(まあ、まだ先の話か)
一時間ほど歩き続け、目的の場所に辿り着く。
ぽっかりと開けた穴から深い闇に包まれている。
「行くぞ、ライカ」
「うん」
ライカの声は震えていなかった。
明日以降は、一章が終わるまでは毎日19:00に投稿します。
ご周知のところ、よろしくお願いいたします。てへっ。




