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迷宮の知者、再び。ー迷宮に取り憑かれた心と共に、二度目は人として生きていくー  作者: 宵永青空


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14/26

転機

 何気ない日常。

 そう言ってもいいくらいだ。

 あれから1日休息日を設け、ライカを休ませた。

 俺自身も能力を取り戻さなければならず、鍛錬するのに持ってこいだった。


 下水道の一件はA級の美人さんに丸投げした。

 深く関われば、面倒なことに巻き込まれる。

 それ以上にライカの成長が阻む方が深刻だ。


(まあ、その考えた割には羽目を外してしまった。未知のダンジョンはやはり楽しかったな)


 後悔はするが、反省はしない。

 ダンジョンのことなら仕方ないからな。


 ライカを定位置で待たせ、意を決する。

 ごった返しになっているいつもの掲示板の前に行き、衣類を乱されながら依頼書をちっぱいちゃんに渡しに行く。

 依頼をこなすよりもこの作業が一番の重労働。


 こうしてみると、昔の俺って凄かったんだな。

 直接、受付嬢もしくはギルドマスターからの依頼をやるのが常だったからな。

 初心に戻れたようで嬉しい限りだ。


「今日もよろしく〜」

「……あ、エレウスさん。どもです」

「元気ないな。彼氏さんとお別れでもした?」

「……」


 黙りこくるちっぱいちゃん。

 地雷を踏んでしまったかもしれない。


「わ、悪い。軽い冗談つもりで、さ」

「エレウスさんって、やっぱり……」

「やっぱり……?」

「若者臭くないですよねぇ〜」


 ちっぱいちゃんがぽつりと呟く。

 声に棘はない。

 だが、妙に落ち着きがない。


「誰が言われても、それは嬉しくない言葉だなぁ」

「でも、事実ですし」

「事実は時に人を傷つける。どこかの偉い冒険者様も言ってるんだからな」

「はいはい。で、今日は何の依頼です?」


 話題を切り替えるのが早い。

 というよりは、無理矢理変えたというべきか。

 ほんの少しだけ目線を周囲に向けている。


(まあ、何となく分かるがね)


 ギルドの空気が、少し変わっている。


「まあ、いつも通りのやつだ」

「エレウスの言葉は信用ならんですけどね」

「受付嬢が言う台詞じゃないな」


 そう言いながら、依頼書を差し出す。


「……これ、選びました?」

「おう」

「わざわざ?」

「わざわざ、だな」

「まだ、居なくならないでほしいなぁ……」


 ちっぱいちゃんはボソボソと話し、最後の方に言った言葉は聞こえなかった。

 依頼書と俺の顔を見比べてから、ふぅっと小さく息を吐いた。


「最近、街も外も、あんまり平和じゃないです」

「知ってるさ」

「……即答ですね」

「空気が変わった時ってのは、案外分かりやすいもんだ。匂いとか、他人の動きとかな」


 ペンを走らせながら、ちっぱいちゃんがぽつりと続ける。


「街の地下にダンジョンが発見されました」

「へぇ」

「現在、調査中でA級冒険者やB級冒険者の皆さんで攻略チームが編成されています」

「豪華なこって」


 冗談めかして返すが、内心では納得していた。

 都市の真下にダンジョン。しかも複合型。

 ギルドとして放っておく理由がない。


「……エレウスさん」

「ん?」

「下水道では何もなかったんですよね?」


 ペンが止まる。

 ちっぱいちゃんは、こちらを見ずに言った。


「なーんもなかったよ」

「そう……ですか……」

「……だが」

「はい」

「潮時、ってやつかも」

「……」

「大して深い意味はないがな」


 言葉を切る。

 受付嬢としてじゃなく、一人の人間として聞いている気配がした。


「長居する場所じゃなくなった。それだけだ」

「……そうですか」


 依頼書に判を押し、こちらに返してくる。


「じゃあ」

「うん?」

「ライカちゃんのことも」

「それは言われなくてもだ」

「なら、頼みますから」


 ちっぱいちゃんはようやく少しだけ笑った。


「エレウスさんって、やっぱり」

「やっぱり?」

「変な人ですね」

「今さらだろ」

「デリカシーもないですしね」

「うっせ」


 掲示板から離れ、ライカの待つ場所へ向かう。

 柱の陰で、彼女はいつも通り立っていた。


「遅い」

「ごめんごめん、雑談が長引いた」

「……また変なこと言った?」

「否定はしない」


 依頼書を見せる。


 ・ゴブリンソードマンの剣納品【D】

 ー見習い鍛冶師の打ち直しにピッタリ。

 最低でも3本。それ以降は要相談。


 ライカは、文字を追い、すぐに顔を上げた。


「ゴブリン?」

「おう」

「人型?」

「だな」

「……ちょっと、怖い」


 眉がわずかに動く。


「怖い?」

「……まだ慣れない」

「それでいいさ」


 歩き出しながら、続ける。

 これから向かうダンジョンの忌々しいヤツらの話を。


「小鬼はな、知恵が回る。弱いくせに、数と連携で来る」

「厄介?」

「そう、厄介。だから行く」


 ライカは一瞬黙り、それから小さく頷いた。


「……慣れ?」

「そういうこと」


 街を出る準備を進めながら、頭の中で地形を組み立てる。

 開けた場所、段差、岩陰。

 どこもかしこもゴブリンだらけ。

 旧採石場だった場所にゴブリンが住み始めて、繁殖した結果生まれてしまった下級ダンジョン《小鬼の宴》。


 撒き散らされて放置された排泄物。

 場所を選ばずに繁殖行為をする汚さ。

 相手にしたくない魔物としても有名だ。


 そして、今回のダンジョンは宴と名が付く以上、焚き火と見張り役も存在する。

 夜目が効くゴブリンには焚き火など本来不要なものだ。


(いい勉強になるだろうな)


 強すぎない。

 だが、油断できない相手。

 今のライカにこれ以上の教材はない。

 人型魔物に対する距離感を掴むにも最適だ。


「エレウス」

「ん?」

「……殺すことになる?」

「なるな」

「……」

「大丈夫だ。最初から全部は求めない」


 少しだけ歩調を緩める。


「怖くなったら、やめればいい。」

「……」

「そのために俺がいるんだからさ」

「分かった」


 街の門を抜ける。

 背後で、ラウルの喧騒が少しずつ遠ざかっていく。


(しばらくはここで慣れさせたら、次の街へと向かうとするか。ライカは……)


 横目で手を繋いでいるライカを見つめる。


(俺はどうするべきだろうか)


 空を見上げると、青い空が広がる。

 何も悩みなどないかのように、眩しく。


(まあ、まだ先の話か)


 一時間ほど歩き続け、目的の場所に辿り着く。

 ぽっかりと開けた穴から深い闇に包まれている。


「行くぞ、ライカ」

「うん」


 ライカの声は震えていなかった。

明日以降は、一章が終わるまでは毎日19:00に投稿します。

ご周知のところ、よろしくお願いいたします。てへっ。

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